海の京都物語 第84話 北丹後地震を越えて今も立つ、大宮売神社「忠霊社」のものがたり|日本酒YUTAKA(豊)

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海の京都物語、第84話は京丹後市・大宮町を歩いてまいります。丹後半島の内陸部にあたる大宮町は、丹後ちりめんの機音が響いた峰山町や、日本海に面した網野町・丹後町とはまた違う、田んぼと山に囲まれた静かな里の顔を持つ町どす。このシリーズでも第63話で丹後国二宮・大宮売神社を、第72話でつねよし百貨店を、第78話で内山のブナ林をご紹介してきましたが、大宮町にはまだまだ知られざる物語が眠っておす。

今回訪ねるのは、その大宮売神社の境内に今も静かに佇む、もうひとつの社殿のお話どす。表の本殿の陰に隠れがちですが、実はこの建物、昭和のはじめに丹後の地を襲った大きな地震をくぐり抜けてきた、大宮町の記憶そのもののような存在なんどす。参拝に訪れても、つい立派な本殿にばかり目がいってしまいますが、少し歩みを進めて境内の奥まで見渡してみると、また違う表情の大宮売神社に出会えますどす。

丹後国二宮として崇敬を集めてきた大宮売神社は、大宮町周枳(すき)の集落に鎮座し、一の鳥居から社頭まで約150メートルの松並木の参道が続く、凛とした空気の漂うお社どす。境内一帯からは弥生時代から平安時代にかけての遺物が数多く見つかっており、なかでも古墳時代の石製模造品や手づくね土器が豊富なことから、この地が古くから祭りの場やったことが分かっておす。境内地そのものが京都府の史跡に指定されているのも、その証やとおもいます。今日はそんな参道の奥、境内の一角に目を向けてみとうおもいます。

🏛️知られざる「旧本殿」

 大宮売神社の現在の本殿は、昭和5年(1930年)に新しく造営されたものどすが、それ以前にはさらに古い本殿がありました。伝わるところによると元禄8年(1695年)の建立で、隅木入春日造という様式を持ち、切妻と軒唐破風を組み合わせた変化に富む屋根、蟇股や唐破風下の彫刻など、細部にまで職人の技が光る建物やったそうどす。丹後半島の中でもこうした様式の社殿は珍しいとされ、京丹後市の指定文化財にもなっておす。

 境内には他にも、本殿脇に鎌倉時代・徳治2年(1307年)の銘を持つ石灯籠一対が国の重要文化財に指定されているなど、時代の重みを感じさせる文化財がいくつも残っています。さらに境内をぐるりと見渡すと、稲荷社や天満天神社、弁財天社など、大小さまざまなお社が寄り添うように並んでおす。ひとつの神社の中に、これだけ多くの祈りの形が積み重なってきたんかと思うと、大宮の人たちの信仰の厚さがじんわり伝わってきますどす。

🌊地震を越えて

 ところが昭和2年(1927年)3月7日、丹後半島を震源とする北丹後地震(マグニチュード7.3)が起こります。峰山町では家屋の9割以上が焼失したと伝わるほどの激しい揺れと火災で、丹後一帯に甚大な被害をもたらした大災害どす。この地震で、大宮売神社の本殿の上屋も倒壊してしまったと伝わっておす。多くの建物や尊い命が失われたなかで、地域の人々は傷ついた社を立て直そうと動き、昭和5年に現在の本殿が新たに造営されることになりました。

 ふつうなら、そこで古い建物の役目は終わってしまうところどす。せやけど大宮の人々は、地震をくぐり抜けてきたその古い本殿を取り壊さず、姿を変えて境内に残すという道を選びはりました。

🕊️「忠霊社」として今に

 新しい本殿ができたあと、元禄期からの旧本殿は解体されることなく「忠霊社」として生まれ変わり、今も境内の中で大切に守られておす。忠霊社とは、郷土のために尽くした方々の御霊を祀るお社のことどす。300年余り前の匠の技をそのまま留めた建物が、大きな地震という試練を経てなお姿を消さず、今度は地域の記憶と祈りを受け継ぐ場所へと役目を移していった。この静かな転生の物語こそ、大宮町らしい「歴史遺構」の姿やないかとおもいますねん。

 表通りの立派な本殿だけやのうて、その脇にひっそりと残る一棟にも目を留めてみる。そうすると、大宮の人たちが長い年月、社をどれだけ大事に守り継いできはったんかが、ぐっと身近に感じられますどす。

🎭秋祭りに息づく芸能

 大宮売神社の例祭は毎年10月上旬に営まれ、少年たちが舞う三番叟(さんばそう)、田の神への感謝を込めた笹ばやし、そして子どもが噛まれると無病息災のご利益があるとも伝わる神楽(獅子舞)という、三つの芸能が奉納されます。笹ばやしは田楽の系統を引くとされ、三番叟は室町時代後期にはすでに成立していたとも言われる、息の長い芸能どす。境内近くには、古墳の石室と伝わる巨岩を祀った石明神があり、御旅所として祭りの舞台の一つになるとも言われておす(このあたりの詳しい由来は、今も地元で少しずつ語り継がれているところのようどす)。表の由緒だけでは見えてこない、暮らしに根づいた信仰のかたちがそこにはあります。

 旧本殿が地震を越えて姿を変えて残ったように、この三つの芸能もまた、担い手を代々変えながら今日まで絶やされることなく受け継がれてきたんどす。建物と芸能、それぞれ違う形で、大宮の人たちは大切なものを次の世代へつないできはったんやなあと、しみじみ思いますどす。

📍行っ得メモ

・所在地:京都府京丹後市大宮町周枳1020 大宮売神社境内
・アクセス:京都丹後鉄道「京丹後大宮」駅から車が便利どす
・境内参拝は基本的に自由(社務所での御朱印等は時間帯にご注意を)
・例祭(秋祭り)は例年10月上旬、三番叟・笹ばやし・神楽が奉納されます

大宮町の静かな里に佇む一棟の古い社殿が、地震という大きな出来事を越えて、今も形を変えながら人々の祈りを受け止め続けている。壊れても失わず、姿を変えて受け継いでいく。そのあり方は、丹後の米と水と時間をかけて醸される純米大吟醸YUTAKAにも、どこか通じるものがあるような気がしますどす。

ほな、また次回のお話でお会いしましょう。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 大宮売神社の「旧本殿」とはどんな建物ですか。
A. 現在の本殿(昭和5年/1930年造営)よりも古い、元禄8年(1695年)建立と伝わる社殿です。隅木入春日造という丹後半島では珍しい様式を持ち、現在は「忠霊社」として境内に保存されています。京丹後市の指定文化財です。

Q. なぜ本殿が新しく建て替えられたのですか。
A. 昭和2年(1927年)3月7日に発生した北丹後地震(マグニチュード7.3)により、丹後半島一帯が甚大な被害を受け、大宮売神社の本殿の上屋も倒壊したためです。その後、昭和5年に現在の本殿が新たに造営されました。

Q. 大宮売神社にはいつ参拝するのがおすすめですか。
A. 境内参拝は年間を通じて自由にできますが、例年10月上旬に営まれる例祭(秋祭り)では、三番叟・笹ばやし・神楽(獅子舞)という三つの伝統芸能が奉納され、社の歴史をより深く感じられる特別な時期です。

Q. 参拝の後、地元の日本酒を楽しむならどんな飲み方がおすすめですか。
A. 歴史ある社殿を訪ねたあとは、少し冷やした純米大吟醸「豊-YUTAKA-」をゆっくりと味わうのがおすすめどす。丹後の水と米で醸された澄んだ味わいが、静かな里を歩いた余韻とよく合いますえ。

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