海の京都物語 第89話 橋木の観音さん、縁城寺に眠る千三百年の祈り|日本酒YUTAKA(豊)

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海の京都物語も、おかげさまで第89話を迎えることになりました。これまで舞鶴、宮津・天橋立、伊根、与謝野、そして京丹後市の各町をぐるりと巡ってまいりましたが、峰山町だけでも金刀比羅神社の狛猫さんや、京極家ゆかりの常立寺、丹後ちりめんの歴史など、ほんまに奥深いお話がぎょうさんありましたなあ。京丹後市は2004年に6つの町が合併して生まれたまちですが、峰山町はそのなかでも古くから丹後国の中心として栄えてきた土地どす。

今日ご紹介するのは、峰山町の中心部から少し山側に入った橋木という集落にひっそりと構える古刹、縁城寺どす。地元の方々には昔から「橋木の観音さん」の愛称で親しまれてきはった、丹後でも屈指の歴史を持つ真言宗のお寺です。峰山の町なかからは少し離れた山里にありますが、その分だけ余計な喧騒から離れた、凛とした空気が漂う場所どす。

観光地としては少し玄人好みかもしれまへんが、訪れる人の心にじんわり残る、そんな静かな迫力を持ったお寺どす。国の重要文化財がふたつも境内に残るというのも、丹後の山あいのお寺としてはなかなかのことどすなあ。今日はこの縁城寺の由緒と、そこに伝わる貴重な文化財、そして今も続く祈りの姿についてお話しさせてください。

🙏開かれてから千三百年、祈りの始まり

 縁城寺の開創は養老元年(717年)にまで遡ると伝えられています。インドから渡ってきた高僧・善無畏三蔵がこの地にお堂を建てたのが始まりとされ、地元では「高野山よりも99年早い」と語り継がれてきたそうどす。その後、宝亀2年(771年)頃には猟師が光るものを弓で射たところ千手観音の像に当たり、深く懺悔してお堂を建てたという言い伝えも残っています。

 この観音さまを深く信仰した光仁天皇が「千手院」と名づけ、さらに延暦14年(795年)には桓武天皇から「縁城寺」の勅額を賜ったと伝わります。弘仁年間(810〜823年)には弘法大師空海がこの地を訪れ、「発信貴山」という山号を掲げたとも言われており、都の高僧たちと縁の深いお寺やったことがうかがえますなあ。峰山の山あいという、都からすれば決して近くない場所に、これほどまでに歴代の天皇や高僧の名が刻まれた由緒が残っているというのは、当時の丹後という土地がいかに大切にされてきたかを物語っているようにも思えます。

🗿国指定重要文化財、宝篋印塔と秘仏の千手観音

 境内でまず目を引くのが、本堂前にどっしりと立つ石造の宝篋印塔どす。正平6年(1351年)の銘が刻まれたこの塔は、開山である善無畏三蔵の供養のために建てられたとされ、高さは約3.4メートル。国の重要文化財に指定されており、南北朝時代の石造美術を今に伝える貴重な遺構どす。苔むした石肌に触れると、六百年以上もこの場所に立ち続けてきた重みが、じんわりと手のひらから伝わってくるような気がします。

 そして本尊の木造千手観音立像も、同じく国の重要文化財どす。平安時代後期の作と推定されるこの観音さまは、なんと三十三年に一度しか御開帳されない秘仏。普段はそっと厨子の奥に安置されたまま、静かに橋木の里を見守っておられます。この「めったに会えない」という一点だけでも、なんや特別な気持ちにさせられますな。

🔥幾多の試練を越えて今に伝わる古刹

 かつての縁城寺は25もの子院を抱える大寺院やったと伝わりますが、長い歴史の中で度重なる火災に見舞われ、大正から昭和にかけては1927年の北丹後地震でも勅使門や仁王門、庫裡が全壊するという大きな被害を受けはりました。現在の本堂は嘉永元年(1848年)に再建されたもので、幾度もの試練を越えて祈りの場を守り続けてきた歴史そのものが、この境内の空気に刻まれているように感じます。

 境内にはこのほかにも、京都府指定の金銅装笈や、京丹後市指定の「縁城寺縁起」、宋の陸信忠が描いたと伝わる絹本著色十王図など貴重な文化財が伝わっており、毎年10月18日には虫干しを兼ねた宝物の展示も行われているそうどす。静かな山里で千年以上もの祈りが積み重なってきたことを思うと、なんや背筋がしゃんとする思いがいたします。

🌳しいの木の森に包まれて

 縁城寺の境内を歩いていて印象的なんは、文化財だけやのうて、そこを包み込む自然の豊かさどす。境内には古いしいの木の原生林が残っており、「京都の自然200選」にも選ばれているそうどす。かつて25もの子院が立ち並んでいたという広大な敷地の名残を、緑深い木々の間にそっと感じ取ることができます。

 派手な観光地ではありまへんが、しいの木のこんもりとした木陰を歩きながら、千三百年という途方もない時間の重みに思いを馳せる。そんな贅沢な時間の過ごし方ができるのも、峰山町の山里ならではの魅力やと思います。

📍行っ得メモ ・所在地:京都府京丹後市峰山町橋木873 ・アクセス:京都丹後鉄道宮豊線・峰山駅から丹後海陸交通バス利用、下車後徒歩約30分ほど ・拝観:境内は自由に散策できますが、本堂内部の拝観は事前の問い合わせがおすすめどす ・年中行事:毎年10月18日に宝物の虫干し展示あり(詳細は事前確認を)

橋木の里に静かに息づく縁城寺は、派手さはなくとも、訪れる人の心にすっと寄り添うようなお寺どす。千三百年の間、地震や火事といったいくつもの困難を越えながらも祈りを絶やさずに守り継いできはった土地の人たちの心を思うと、峰山町がまたひとつ違った表情を見せてくれるように感じます。金刀比羅神社や常立寺とはまた違う、静かで奥ゆかしい峰山町の一面に触れていただけたなら嬉しいどす。丹後の海と山、どちらの恵みも受け継ぐこの土地で育まれた純米大吟醸「豊-YUTAKA-」を静かにいただきながら、そんな古刹の歴史にしばし思いを馳せてみるのも、ええ休日の過ごし方かもしれまへんな。

ほな、また次回のお話でお会いしましょう。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 縁城寺はどんな宗派のお寺ですか。
A. 真言宗のお寺で、山号は発信貴山、本尊は木造千手観音立像です。地元では「橋木の観音さん」の愛称で親しまれてきました。

Q. 縁城寺の秘仏はいつ見られますか。
A. 本尊の千手観音立像は秘仏とされ、三十三年に一度しか御開帳されないと伝わっています。次回の御開帳時期については、事前に京丹後市観光公社や寺院関係の情報をご確認ください。

Q. 宝篋印塔とはどのようなものですか。
A. 石造りの供養塔の一種で、縁城寺のものは正平6年(1351年)の銘があり、開山・善無畏三蔵の供養のために建てられたと伝わる国指定重要文化財です。高さは約3.4メートルあります。

Q. 縁城寺へのアクセス方法を教えてください。
A. 京都丹後鉄道宮豊線の峰山駅から丹後海陸交通バスを利用し、下車後徒歩約30分ほどです。山あいの静かな立地のため、事前にアクセス手段を確認しておくと安心どす。

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