海の京都物語 第86話 波打つ棚田、袖志に沈む夕陽を訪ねて|日本酒YUTAKA(豊)
海の京都物語も、はや第86話を迎えましたどす。舞台はひきつづき京丹後市丹後町。丹後半島の最先端、日本海の荒波をまともに受けるこの町からは、経ヶ岬灯台の柱状節理や立岩、間人の海、間人ガニなど、これまでも印象深い景色をいくつもご紹介してきました。丹後町は海の表情が本当に豊かな町どすが、実はそれだけやおへんのどす。
今回はちょっと目線を変えて、海だけやのうて「海と山と田んぼが一枚の絵になった」珍しい景色をお届けしたいと思います。訪ねるのは、丹後町袖志(そでし)の集落に広がる「袖志の棚田」どす。経ヶ岬にもほど近いこの一帯は、切り立った山と日本海に挟まれた狭い土地を、先人たちが知恵を絞って一枚一枚棚田に変えていった場所どす。
海岸段丘の上に開かれた棚田から見下ろす日本海は、他の棚田ではなかなか味わえへん独特の景色。田んぼの向こうに水平線がまっすぐ見渡せる、いう場所は全国的にもかなり珍しいそうどすえ。写真を撮りに遠方からわざわざ訪れるファンの方もいはるほどの人気スポットどす。丹後半島の先端に来て初めて出会える、そんな景色のお話をどうぞ最後までお付き合いください。
🌾 扇状に広がる約400枚の田んぼ
袖志の棚田は、標高およそ20メートルから100メートルにかけて、4段ほどの段丘状に広がっています。傾斜はおよそ10分の1ほどで、扇状地のように末広がりに開けているんが特徴どす。田んぼの枚数は約400枚、耕作面積は約12ヘクタールにもおよび、そのうちの多くが今も現役で耕作されているそうどす。
山の斜面をひとつひとつ丁寧に区切って積み上げてきた石垣と畦道は、見ているだけでも先人の苦労がしのばれます。田んぼの畦が等高線のように幾重にも重なり、その奥に日本海がどーんと広がる光景は、丹後半島でもここならではのもの。この一帯は山陰海岸ジオパークにも含まれるエリアで、丹後天橋立大江山国定公園の中にも位置しているそうどす。海と集落と棚田が同じ視界に収まる景色、というだけでも一度は見てみる価値がありますえ。
⛰ 応永の頃から続く米づくりの歴史
この地で人が田んぼを耕していた記録は古く、室町時代の応永年間(1394〜1427年)にはすでに約20戸が農業を営んでいたと伝わっています。山あいの限られた土地で、少しずつ石を積み、土を運び、田んぼを広げていった先人たちの姿を想像すると、頭が下がる思いどす。
戦後しばらくは年間400俵ほどの米を出荷していましたが、1970年代には200俵ほどに減少。昭和30年代からは丹後ちりめんの機業に転じる家も増え、農業を続ける人は少しずつ減っていったそうどす。それでも棚田が今もこれほど美しい姿を保っているんは、地域の方々が代々受け継いで、手を入れ続けてきはったからこそ。そうした長年の歩みが評価されて、平成11年(1999年)には農林水産省の「日本の棚田百選」にも認定されました。
🌅 季節ごとに表情を変える田んぼ
春、田んぼに水が張られる頃には、空の青さと日本海の青さが水面に映り込み、まるで海と空とが棚田の中でひとつに溶け合うような景色になります。田植えを終えたばかりの、まだ苗の丈が低い時期ならではの眺めどす。
秋になると、刈り取った稲を「稲木(いなき)」に架けて天日干しする、昔ながらの光景が棚田いっぱいに広がります。何段にも重ねられた稲木が並ぶ様子は、今では全国的にも珍しい農村風景として写真愛好家にも人気があるそうどす。
そして夕暮れどき。日本海の水平線に沈んでいく夕陽が、棚田全体をオレンジ色に染め上げます。海と集落と棚田、そして夕陽までもが一枚の景色になる瞬間は、丹後町ならではのごちそうやと思います。季節や時間帯によって、まったく違う顔を見せてくれるんが、この棚田の懐の深いところどす。
🐟 漁村と棚田、ふたつの顔を持つ袖志
袖志という集落は、もともと日本海に面した漁村としての顔も持つ土地どす。棚田が広がる高台からすこし下れば、もう波打ち際。山側では米をつくり、海側では漁をする、そんな二つの暮らしが同じ集落の中で寄り添ってきたんが、この地域の面白いところどす。
太古の海底が長い年月をかけて隆起してできたと言われる海岸段丘の上に、人が住み、田んぼを開き、漁に出る。地形そのものが、この土地の生業を形づくってきたんやなあと感じます。丹後半島の先端部は「山陰海岸ジオパーク」の一部にも数えられていて、経ヶ岬から袖志にかけての一帯は、地形好きの方にもおすすめできる散策コースになっているそうどす。
📍行っ得メモ
・所在地:京都府京丹後市丹後町袖志(袖志の集落一帯、目安は丹後町袖志1376付近)
・アクセス:京都丹後鉄道「網野」駅から車で約50分、丹海バス利用の場合は「袖志」バス停下車後徒歩約10分
・見頃:春の水田期と、秋の稲木干しの時期がおすすめ
・周辺:経ヶ岬灯台や丹後松島、屏風岩など丹後半島先端の景勝地とあわせて巡りやすい立地どす
丹後町の海辺の景色いうたら経ヶ岬灯台や立岩を思い浮かべる方が多いかもしれませんが、こうして山あいに広がる棚田もまた、この町の暮らしと海とのつながりを教えてくれる景色どす。同じ町の中でも、一歩内陸へ入るとまったく違う表情に出会えるんが、京丹後市を巡る面白さやと改めて感じます。
応永の頃からおよそ六百年、姿を変えながらも受け継がれてきた田んぼが、今も変わらず日本海を見つめ続けている。機業に転じたり、耕す人が減ったりと、決して平坦な道のりやなかったはずどすが、それでも棚田百選に選ばれるほどの景色を今に残してくれはった先人と、今も田んぼを守ってはる地域の方々には、頭が下がる思いどす。海と山、両方の恵みを受けて生きてきたこの町の姿を、袖志の棚田はそっと教えてくれます。
ほな、また次回のお話でお会いしましょう。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 袖志の棚田はどこにありますか。アクセス方法を教えてください。
A. 京都府京丹後市丹後町袖志の集落一帯にあります。京都丹後鉄道「網野」駅から車で約50分、丹海バスをご利用の場合は「袖志」バス停で下車後、徒歩約10分ほどで棚田周辺に到着します。京丹後大宮ICから国道経由で向かう方法もあります。
Q. 見頃の季節はいつ頃ですか。
A. 春は水を張った田んぼに空と海の青さが映り込む景色が、秋は刈り取った稲を「稲木(いなき)」に架けて天日干しする昔ながらの光景が楽しめます。日本海に夕陽が沈む時間帯もあわせて訪れる方が多いようです。
Q. 「日本の棚田百選」にはいつ選ばれたのですか。
A. 平成11年(1999年)に、農林水産省の「日本の棚田百選」に認定されました。海と集落、棚田が一体となった景観が評価されての選定です。応永年間から続くとされる耕作の歴史も特徴のひとつです。
Q. 経ヶ岬灯台など、丹後町の他の観光スポットと合わせて回れますか。
A. はい。袖志の棚田は経ヶ岬に近く、丹後半島先端エリアの観光と組み合わせやすい立地です。丹後松島や屏風岩といった近隣の景勝地とあわせて巡られる方も多いようです。
京都 丹後