海の京都物語 第130話 舞鶴30話の節目、桂林寺はんで静かに手ぇ合わすんどす|日本酒YUTAKA(豊)

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 先週訪ねた朝代神社はんは、西舞鶴の氏神さんとして静かに佇む社どしたなあ。ほんでこの第130話で、舞鶴編もちょうど30話の節目を迎えることになりますんや。まだまだ第150話まで続く旅どすけど、ちょっと立ち止まって、今回は西舞鶴の山あいにひっそりと構える禅寺・桂林寺(けいりんじ)はんを訪ねてみますえ。

 桂林寺言うたら、地元の人らに「けいりんじさん」言うて親しまれとる曹洞宗の古刹どす。JR西舞鶴駅からも歩いて行ける距離にありながら、山門をくぐった瞬間にすーっと空気が変わる、そんな静けさを持ったお寺どすんえ。

🏯欽明天皇の勅願から曹洞宗の古刹へ

 桂林寺の始まりについては、欽明天皇26年(565年)、勅願によって薬師寺として開かれたと伝わっとります。ただ、これはあくまで寺に伝わる由緒どすさかい断定はできひんのやけど、丹後でも屈指の古い歴史を持つ寺やということは間違いなさそうどす。

 その後、寺号は洞林寺と改められ、応永8年(1401年)に竺翁雄仙(じくおうゆうせん)和尚によって曹洞宗の寺として改めて開かれたと伝えられとります。さらに宝徳3年(1451年)、坂根修理亮いうお方が父の菩提を弔うために堂宇を増築しはって、その時に今の「桂林寺」いう寺号になったんやそうどす。

 本尊さんは阿弥陀如来はん。長い歳月をかけて名前も姿も少しずつ移り変わってきたお寺やと思うと、手を合わせる時の気持ちもまた違うてきますなあ。

⚔️田辺城籠城戦と細川家からの寄進

 桂林寺の歴史でひときわ光るのが、慶長5年(1600年)関ヶ原の戦いの折の出来事どす。田辺城に籠城した細川幽斎はんを支えるため、当時の6世住持・大渓和尚が弟子14人を引き連れて馳せ参じ、共に城を守りはったんどすて。

 この功績に応えて、幽斎はんの子・細川忠興はんから絹本著色仏涅槃図と梵鐘が桂林寺に寄進されたと伝わっとります。武家と禅寺が、命がけの籠城戦を通じて結ばれた深いご縁どすなあ。

 その後、江戸時代に入ってからは田辺藩を治めた京極家、続く牧野家からも手厚い庇護を受けて、末寺30余りを擁する曹洞宗中本山として、丹後の禅の中心的な役割を担うようになっていったんどす。

🎨仏涅槃図・梵鐘・鎌倉の石灯籠

 境内には、細川家から寄進されたと伝わる絹本著色仏涅槃図が今も伝わっとって、室町時代の作として京都府の指定文化財になっとります。同じく寄進された梵鐘は舞鶴市の指定文化財どす。

 ほんでもうひとつ見逃せんのが、鎌倉時代作と伝わる石灯籠。国の認定重要美術品にもなっとって、長い年月を静かに佇んできた石の重みを感じさせてくれますんえ。

 山門は江戸時代・享保2年(1717年)建立の二階建て仁王門で、高麗獅子が構えとって、どこか異国情緒漂う佇まい。竜宮門造りの鐘楼堂も含めて、中国の禅文化の香りをそこかしこに感じるお寺どすなあ。

🙏5mの十一面観音さんと静かな境内

 比較的新しい見どころとしては、京都の仏師・松本明慶(まつもとみょうけい)師が2010年から4年余りの歳月をかけて手掛けはった、高さ約5mにも及ぶ木造十一面観音菩薩立像があります。2014年10月に開眼されたばかりの、まだ真新しい観音さんどすんえ。

 山門前には「禁葷酒」の碑が立っとって、にんにくやお酒を持ち込まんように、と静かに伝えとります。禅の修行道場らしい、凛とした空気どすなあ。

 境内は小高い場所にあって、舞鶴の街並みをぽかっと見晴らせる眺めも魅力のひとつ。鳥の声と風の音だけが響く境内に立っとると、時間の流れ方まで変わってしまうような、そんな気ぃがしますんえ。

📍行っ得メモ

・住所:京都府舞鶴市紺屋69
・アクセス:JR舞鶴線「西舞鶴駅」から徒歩約10分(車で約5分)
・拝観料:境内拝観無料
・駐車場:あり(無料)
・電話:0773-75-0168

 欽明天皇の勅願から始まったとも伝わり、細川家の命がけの籠城戦にも寄り添うてきた桂林寺はん。丹後の歴史のいろんな場面にそっと寄り添いながら、今もなお静かに佇んでる姿を見とると、なんや心の芯がすーっと落ち着くような気がしますんどす。

 こないな静けさの中でいただくんやったら、純米大吟醸YUTAKA(豊)はぬる燗より少し低め、常温に近いくらいの温度がよう合う思います。ぐい呑みよりちょっと背の高い、すっと縦長のガラスの盃で、香りを閉じ込めながら口に運んでみておくれやす。米の旨みと上品な甘みが、じわりと喉の奥まで広がって、禅寺の静けさと同じくらい、心を落ち着けてくれる一杯になりますえ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 桂林寺はいつ頃創建されたんどすか?
A. 寺の由緒によると、欽明天皇26年(565年)に薬師寺として開かれたと伝わっとります。ただこれは寺伝の域を出ん話で、確実な史実としては応永8年(1401年)に曹洞宗の寺として改めて開かれたとされとりますんえ。

Q. 細川家とはどないな関わりがあるん?
A. 関ヶ原の戦いの慶長5年(1600年)、田辺城に籠城した細川幽斎はんを、桂林寺6世住持の大渓和尚が弟子14人を率いて支えはったんどす。その功に、幽斎はんの子・忠興はんから仏涅槃図と梵鐘が寄進されたと伝わっとりますえ。

Q. 桂林寺の見どころを教えてほしいんどすけど
A. 室町時代作の絹本著色仏涅槃図(京都府指定)や梵鐘(舞鶴市指定)、鎌倉時代の石灯籠(国認定重要美術品)が伝わっとります。ほんで近年は高さ約5mの木造十一面観音菩薩立像も新しい見どころになっとりますんえ。

Q. 桂林寺のあとにはどんな一杯がええ?
A. 静かな禅寺のあとやったら、純米大吟醸YUTAKA(豊)を常温に近い温度で、縦長のガラスの盃でゆっくり味わうんがおすすめどす。米の旨みと上品な甘みが、境内で感じた静けさの余韻とようなじみますんえ。

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