海の京都物語 第21話 🗾 宮津市って、実は10の地区に分かれてるんどす

海の京都物語 第21話 🗾 宮津市って、実は10の地区に分かれてるんどす

こんにちは、中の人どす🙋
「このシリーズ、いろんな場所出てくるけど、正直どこがどう繋がってるのか、いまいち分かってへんかった」
友人に急にそう言われて、ちょっとハッとしました。
たしかに、天橋立、由良、上世屋……。バラバラに紹介してきたけど、地図で見たことなかったなぁと。
というわけで今日は、宮津市の「地図」を、友人と一緒にあらためて広げてみることにしました🗾
🏘️ 実は宮津市、10の地区でできてるんどす
人口約16,000人の小さな町、宮津市。
でも地区でいうと、宮津・栗田・由良・上宮津・吉津・府中・日置・養老・世屋・日ヶ谷と、なんと10の地区に分かれてるんどす。
「そんなにあるん!?宮津ってひとまとまりのイメージやったわ」
友人、地図を見ながらすっかり驚いてました。
それぞれの地区に、お祭りや地蔵盆なんかの習慣が今も根づいてて、顔の見えるご近所づきあいが続いてるそうどす。
🗺️ これまで巡った場所、実はここにありました
このシリーズで紹介してきた場所も、地図に落とし込むとこんな感じになります。
天橋立・智恩寺・籠神社・天橋立神社 → 府中地区
丹後由良海水浴場 → 由良地区
上世屋の棚田 → 世屋地区
成相寺・天橋立ビューランド → 府中地区の山側
「あ、由良の回って、由良地区そのままの名前やったんや」
友人が今さらそんなことに気づいて、二人で笑ってしまいました。
こうして地図で見ると、シリーズがぐっと繋がって見えてきます。
🏯 「南の祇園、北の宮津」やったんどす
面白いのが、宮津市中心部の歴史。
奈良時代には、府中地区に丹後国府が置かれて、政治・経済・文化の中心として栄えました。
江戸時代になると、中心地は府中から今の宮津市街地へ移り、北前船の交易で大いに賑わったそうどす。
その繁栄ぶりは「南の祇園、北の宮津」と称されるほど。
以前紹介した宮津節の「二度と行こまい丹後宮津」いう歌詞も、この頃の賑わいから生まれたもんなんどす。
「あの財布が空になる話、こんな歴史的背景があったんや」
友人も、点と点が繋がったような顔をしてました。
🏔️ 山の地区、海の地区、それぞれの表情
日置地区の西の山間部が世屋地区、養老地区の西の山間部が日ヶ谷地区。
海沿いは府中・日置・養老と続き、北の伊根町へと繋がっていきます。
こうして見ると、このシリーズで「海」「山」「空」と巡ってきたテーマが、宮津市という一つの町の中に、ちゃんと全部詰まってるんやなぁと、あらためて実感しました。
宮津には、10の地区それぞれの物語があります。
奈良時代からの歴史があります。
そして、これまで巡ってきた場所たちが、実はちゃんと繋がっていました。
このシリーズを読んで気になった場所があれば、ぜひ地図を広げて、宮津市のどこにあるか探してみてください。
きっと、旅の計画がもっと楽しくなるはずどす🗾
そして今日も、YUTAKAを一杯🍶
みなさんの住む町も、いくつかの地区に分かれていますか?よかったらコメントで教えてくださいね💬
ほな、また宮津でお会いしましょうなぁ🗾✨
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