海の京都物語 第332話 由良川の暴れ水をひとつにまとめはった代官はんの知恵が、綾部用水として今も田畑をしっかり潤してますんえ|日本酒YUTAKA(豊)

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 海の京都物語、第332話どす。前回は綾部市の自然・景観のお話をさせてもろたんどすが、今日は趣向を変えて、綾部のまちを今も静かに支えとる「水」にまつわる史跡をご紹介しますえ。

 グンゼ博物苑や大本神苑、山家城址に黒谷和紙……綾部にはようけ見どころがありますけど、実はそれらの田畑や暮らしを足元で支えとるんが、由良川から引かれた「綾部用水」どす。その歴史を物語る石碑が、なんと綾部市役所の前庭にひっそりと建ってますんえ。

🪨延裏新溝碑(のぶうらしんこうひ)って、ご存じどすか

 京都府綾部市若竹町8番地の1、綾部市役所の前庭に「延裏新溝碑」という石碑が建ってます。これは明治時代、由良川の治水と用水の整備に生涯を尽くした代官・近藤勝由(こんどう かつよし)はんへの感謝の気持ちを刻んだ碑どす。

 近藤勝由はんは1827年(文政10年)生まれ、1901年(明治34年)に亡くなった、もともと綾部藩の代官どした。土木が好きで、関東で発達しとった河川工事の技術を熱心に研究しはったんが、後の仕事につながったと伝わってます。

 市役所のロビーや玄関先を通る時、何気なく通り過ぎてしまいそうな石碑どすけど、そこに刻まれとるんは、水に苦労した先人たちの、確かな物語なんどす。

💧由良川の洪水から生まれた「綾部用水」

 綾部用水のもとになった綾部井堰は、由良川が綾部市と福知山市の平野部に入るあたりに設けられた取水施設どす。起源については「平重盛が築いた」という言い伝えもありますけど、確かな資料はのうて要確認どす。ただし寛永11年(1634年)、綾部藩主・九鬼隆李はんが陣屋を築いた際の絵図には、すでにこの井堰の水路が描かれとって、江戸時代初期には存在しとったことが分かってます。

 転機になったんが慶応2年(1866年)の大洪水どす。この洪水で、綾部井堰の下流にあった天田井堰が大きな被害を受けてしもたんどす。そこで近藤勝由はんは、二つの井堰をひとつにつなぐため、約900メートルの水路を新たに掘るという大胆な計画を立てはりました。

 農民の反対もあったそうどすけど、近藤はんは私財を投じて工事に着手し、昼夜現場で指揮を執りながら、慶応3年(1867年)3月に工事を完成させはったそうどす。この水路が、今につながる綾部用水の基礎になったんどす。

 川の水位にじっと目をこらし、反対する人らを説得して回らはった近藤はんの姿を思うと、何気のう流れとる水路の水音も、ちょっと違う音色に聞こえてきますなあ。

🌾今も田畑を潤し続ける、先人の仕事

 明治17年(1884年)には井堰の改修が計画され、当時すでに郵便局長になっとった近藤勝由はんが、本来の役職とは関係ないのに工事の責任者を引き受けて、地域の水不足の解決に尽力しはりました。晩年まで、水のことを人任せにせんかった人どしたんやなあと思います。

 現存する綾部井堰は、昭和28年(1953年)の大水害の後に造り替えられたもので、現在は国土交通省が管理し、延長約18,276メートルにおよぶ水路は綾部井堰土地改良区が受け持ってはります。昭和25年から41年(1950〜1966年)にかけては、京都府による水路の改修も行われたそうどす。

 由良川沿いを車で走ると、何気ない水路の一本にも、こないな積み重ねがあるんやと思うと、綾部の田んぼの緑がちょっと違って見えてきますえ。

📍行っ得メモ

・延裏新溝碑:京都府綾部市若竹町8番地の1、綾部市役所の前庭(開庁時間内に見学可能・入場無料)
・綾部井堰:由良川沿い、綾部市と福知山市の境付近(散策の際は河川敷の安全に注意)
・あわせて立ち寄りたい場所:グンゼ博物苑、綾部市資料館(いずれも綾部の歴史を伝える施設、要事前確認)

 派手な観光スポットやのうて、市役所の前庭にひっそり建つ石碑どすけど、そこに刻まれとるんは、水をめぐって知恵を絞り、私財まで投じて地域を守ろうとした一人の代官はんの物語どした。綾部の田んぼを渡る風も、こうした先人の仕事の上に吹いとるんやなあと、しみじみ思いますえ。

 そないな話を思いながら、純米大吟醸YUTAKA(豊)を常温でちびりとやってみますんやわ。由良川の伏流水を思わせる、すっと澄んだ喉越しと、含むほどにふわりと広がる米の甘み。ガラスの酒器でいただくと、水路を流れる水の光まで思い出させてくれるような、静かで滋味深い一杯どす。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 延裏新溝碑はどこで見られますか
A. 京都府綾部市若竹町8番地の1、綾部市役所の前庭にあります。市役所の開庁時間内であれば誰でも自由に見学でき、入場料も必要あらしません。由良川の治水に尽くした近藤勝由はんの功績を伝える石碑どす。

Q. 綾部井堰とはどんな施設どすか
A. 由良川にある取水施設で、綾部市と福知山市にまたがる農地を潤す綾部用水の取水口どす。現在の堰は昭和28年の大水害後に造り替えられたもので、国土交通省が管理し、水路は綾部井堰土地改良区が管理してはります。

Q. 近藤勝由はどんな人物どしたか
A. 1827年(文政10年)生まれ、1901年(明治34年)没の綾部藩代官どす。慶応2年の大洪水で被災した下流の井堰を統合する工事を私財を投じて進め、綾部用水の基礎を築いた功労者として語り継がれてます。

Q. 綾部用水はいつ頃できたんどすか
A. 井堰そのものの起源は確かな資料がなく要確認どすが、寛永11年(1634年)の絵図にすでに水路が描かれてます。現在の形につながる統合工事は慶応3年(1867年)3月に完成したと伝わってます。

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