海の京都物語 第189話 大地に刻まれた震えの記憶、郷村断層を訪ねてみましたんえ|日本酒YUTAKA(豊)

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 前回まで丹後半島の海沿いを巡らせてもろてきましたが、今日は少し内陸へ足を延ばして、京丹後市網野町の田んぼの中に眠る、大地そのものが記録した大きな出来事のお話をさせてもらいますえ。

 その名は郷村断層。国の天然記念物に指定されとるこの断層は、大正から昭和へと移り変わったばかりの丹後を襲うた大地震の生き証人どす。今日はそのお話、じっくりさせてもらいますなあ。

🌏昭和二年、丹後を襲うた激震

 昭和2年(1927年)3月7日の夕刻、丹後半島一帯をマグニチュード7.3ともいわれる大きな地震が襲いましたんや。京都府内だけで数千人にのぼる方が命を落としたと伝わる、北丹後地震どす。

 特に峰山町では夕餉の支度どきに火の手が上がり、多くの方が火災に巻き込まれたと言われとります。翌日には冷たい雨まで降って、被災した人々をさらに苦しめたそうどすなあ。

📏郷村断層、大地に残った長さ十八キロの傷跡

 この地震で地表に姿を現したんが、網野町から峰山町、大宮町口大野の方まで、十数キロから十八キロほどにわたって伸びる郷村断層どす。上下方向に約60センチ、水平方向には最大で2.6メートルほどもずれたと記録されとりますんや。

 網野町の樋口・小池・生野内の三か所は、その断層の姿が特に良う残っとる場所として、昭和4年(1929年)に国の天然記念物に指定されましたんえ。

🪨花崗岩を切った鏡肌と、道路をずらした爪痕

 小池地区では、まっすぐやったはずの道が地震の一瞬で水平に2.6メートルもずれてしもうたと伝わっとります。今もその食い違いが、地面の上にくっきりと残っとるんどす。

 樋口地区には駐車場も整うて、断層面を間近で見られる建物があります。硬い花崗岩がすっぱりと切られて、つるりとした鏡肌や、地震のときにできた条線が今も刻まれとって、大地の力の凄まじさを物語っとりますえ。

🏞️山陰海岸ジオパークと、震災を語り継ぐ場所

 郷村断層は今、山陰海岸ユネスコ世界ジオパークを構成する大切なジオサイトのひとつにも数えられとります。地震という災いを、大地の学びへと変えて伝えていこういう試みどすなあ。

 峰山町には震災の記憶を伝える施設も建てられ、当時の被害の記録が今に伝えられとります。北丹後地震から百年の節目が近づく中、記憶を受け継ぐ取り組みがますます大事にされとるようどす。

📍行っ得メモ

・樋口地区は駐車場があり、断層面を保存する建物内で見学しやすい
・小池地区は道路の水平方向のずれが今も見られる、郷村断層で最も知られたスポット
・生野内地区は開口亀裂が残るが、道が狭くわかりにくいため学術目的向き
・管理は京丹後市教育委員会文化財保護課(0772-69-0640)

 大地の下にひっそり眠る力が、ある日突然姿を現す。郷村断層を前にすると、うちらが暮らす足元の土地が、実はずっと動き続けとるいうことを、しみじみ感じさせられますんや。

 そんな大地の重みを思いながら、純米大吟醸YUTAKA(豊)はやや冷やした十度前後で、小さめのぐい呑みでいただくのがようございますんえ。ひと口含むと、花崗岩の鏡肌のようにすっと澄んだ喉ごしの奥に、お米の旨みがじんわりと層になって広がる味わいに出会えますのや。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 郷村断層はどこにありますか?
A. 郷村断層は京都府京丹後市網野町にあり、樋口・小池・生野内の三地区に断層の跡が保存されとります。1929年(昭和4年)に国の天然記念物に指定され、山陰海岸ユネスコ世界ジオパークの構成資産のひとつにもなっとります。

Q. 郷村断層はいつできたんどすか?
A. 1927年(昭和2年)3月7日に発生した北丹後地震によって、地表に姿を現した断層どす。マグニチュード7.3ともいわれる大きな地震で、京都府内だけで多数の方が犠牲になったと伝わっとります。

Q. 見学するならどの地区がおすすめどすか?
A. 駐車場があって断層面を間近で見られる樋口地区が、初めての方には見学しやすいと言われとります。より断層の変位をはっきり見たい方には、道路のずれが今も残る小池地区もおすすめどす。

Q. 断層のずれはどれくらいの大きさどすか?
A. 記録によりますと、上下方向に約60センチ、水平方向には最大で2.6メートルほどのずれが生じたとされとります。硬い花崗岩を切って鏡肌や条線を残した点でも、地質学的に貴重とされとりますんや。

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