海の京都物語 第334話 光秀公やのうて、室戸台風から村を守った西原亀三と赤木正雄が刻んだ福知山・雲原砂防遺産を訪ねる|日本酒YUTAKA(豊)

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 第333話では綾部の暮らしに息づく技や行事をご紹介させてもろうたんどすが、今日からは舞台を福知山市に移して、明智光秀公や戦国の物語とはひと味違う福知山の姿をお届けしていこう思います。

 福知山いうたら、どうしても光秀公の福知山城に目が行ってしまいますけど、市の北の端、大江山のふもとに広がる雲原という集落には、全く違う時代の、全く違う種類の「お城」とも呼べるもんが静かに佇んでるんどす。それが今日ご紹介する国登録記念物「雲原砂防関連施設群」どす。

🌊 室戸台風が襲うた、あの年の雲原

 昭和9年(1934年)、日本列島を史上最大級の暴風が襲いました。室戸台風どす。福知山市北部の雲原地区でも、三岳山の山崩れや土石流、川の護岸の決壊など、壊滅的な被害が出たと記録されてます。

 田畑は荒れ、収穫は減り、村の人らは長いこと厳しい暮らしを強いられてきたそうどす。そんな中、昭和10年(1935年)に村長に就任したんが西原亀三という人物やったんどす。

 西原村長は、ただ元通りに復旧するだけやのうて、「二度と水害を受けん村にする」いう強い覚悟を持って、根本的な治水事業に乗り出すことを決意したんどす。

👷 技師・赤木正雄と大蔵大臣・高橋是清

 西原村長が頼ったんが、内務省の技師やった赤木正雄どす。各地の砂防事業に携わった人物で、資料によっては「砂防の父」と称されることもある、と紹介されてます(称号の由来や範囲は資料によって表現が異なるため要確認どす)。

 当時の大蔵大臣・高橋是清に砂防工事の必要性を直接訴え、予算の承認を得たという話も伝わってるんどす。ひとつの村の災害復興のために国の重鎮を動かしたいうんやから、西原村長の本気度が伝わってきますなぁ。

 こうして始まったんが、上流から下流まで一体で計画する「水系一貫」の砂防計画。これは近代砂防の始まりのひとつとされる、画期的な取り組みやったそうどす。

🏞 今も現役で山を守る堰堤群

 工事は昭和9年から27年(1934〜1952年)にかけて行われ、深山川、三岳川、横尾川の三つの川筋に、えん堤(堰堤)、床固工、流路工が連続して配置されたんどす。資料によって数値に幅があり、堰堤はおよそ7〜11基、床固工は100基を優に超える規模やったようどす(正確な現況の基数は資料により差異があるため要確認どす)。

 中でも「長曽谷川第1号堰堤」は、全国で第1号の国登録記念物に数えられる貴重な施設やそうどす。砂防工事と並行して農地の交換分合も進められ、農作業の効率も大きく高まったと伝わってます。

 この一連の施設群は、平成18年(2006年)7月28日に国の登録記念物(史跡)に登録されたんどす。昭和10年代の日本の農村復興の様相を今に伝える、全国的にも貴重な存在なんやそうどす。

🌿 大江山のふもとに広がる雲原の景色

 雲原地区は標高300〜400mほどの盆地で、北には大江山がそびえ、「弁当忘れても傘忘れるな」いう言葉があるほど雨の多い土地やそうどす。

 今も現役で谷筋を守り続ける堰堤や床固工を眺めながら歩くと、戦国武将の物語とはまた違う、名もなき村人たちと技師、政治家が力を合わせて「村を守った」歴史の重みをしみじみ感じる場所どす。

📍行っ得メモ

・アクセス:京都縦貫自動車道・福知山I.C.から国道176号、府道桑村雲原線などを経由(現地は生活道路沿いのため走行には注意が必要どす)
・見学について:個人の生活圏・治山区域にあるため、私有地立ち入りや交通の妨げにならんよう十分な配慮が必要どす(公式な見学コースや案内看板の有無は要確認)
・駐車場:専用駐車場の有無は確認できておらず要確認どす。事前に問い合わせを
・問い合わせ:京都府中丹西土木事務所(治水関連、電話0773-22-5115)、福知山市教育委員会(文化財関連)

 福知山いうたら光秀公のイメージが強いですけど、雲原の山あいには、全く違う時代に全く違う方法で村を守った人たちの物語が刻まれてるんやと知って、なんや胸が熱うなりました。華やかさはないけれど、こういう地道な歴史にこそ、ほんまの「海の京都」の奥深さがあるんやと思います。

 こんな静かで力強い物語には、キリッと冷やした純米大吟醸YUTAKAを、すっきりしたガラスの酒器でいただくのが似合う思います。雑味のない澄んだ味わいが、山あいの清流と、その清流を守り続けてきた人たちの実直な仕事ぶりに重なって、ひと口ごとに背筋が伸びるような気がするんどす。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 雲原砂防関連施設群ってどこにあるんどすか?
A. 京都府福知山市の北部、大江山のふもとに広がる雲原地区にあります。深山川・三岳川・横尾川の流域に堰堤や床固工、流路工が連続して築かれた砂防施設群で、2006年7月に国の登録記念物(史跡)に指定されてます。

Q. なんで砂防施設が文化財になってるんどすか?
A. 昭和9年の室戸台風で大きな被害を受けた雲原地区で、村長・西原亀三が内務省技師の赤木正雄に依頼し、上流から下流まで一体で計画する「水系一貫」の砂防事業を実現させたことが評価され、昭和10年代の農村復興の様相を伝える貴重な遺産として国の登録記念物になったんどす。

Q. 現地の見学はできるんどすか?
A. 現地は現役の治山施設であり、生活道路沿いの集落でもあるため、公式な見学コースや駐車場の整備状況は要確認どす。訪問の際は私有地への立ち入りや交通の妨げにならんよう十分注意して、事前に京都府中丹西土木事務所などにお問い合わせいただくのがおすすめどす。

Q. 福知山城や明智光秀とは関係があるんどすか?
A. 直接の関係はおへん。雲原砂防関連施設群は戦国時代やのうて、昭和9年の室戸台風からの復興を目的に築かれた近代の治水遺産どす。福知山には光秀公の時代とはまた違う、こうした近代の歴史も息づいてるんどす。

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