海の京都物語 第110話 平の引揚桟橋、66万人を迎えた岸壁どすえ|日本酒YUTAKA(豊)

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 前回は、舞鶴引揚記念館の中で、あの時代の資料や写真に向き合わせてもろたどすなあ。今日はその記念館のすぐ外へ、足を運んでみとうと思います。すぐそばに広がる引揚記念公園と、そこに復元された平引揚桟橋のお話どす。

 建物の中で歴史を学んだあとに、実際にその桟橋が立っとった場所に立ってみると、また違う感じ方があるんどす。今日はできるだけ丁寧に、静かな気持ちでお話しさせてもらいますね。

🏞️引揚記念公園、記念館のすぐそばにある広場どす

 引揚記念公園は、京都府舞鶴市字平1584にある公園どす。舞鶴湾を見下ろす高台に広がっとって、記念館もこの公園の一角に建っとるんどすえ。

 園内には平和を願う群像や、歌の碑なんかも置かれとって、静かに手を合わせられるような、そんな場所になっとります。

⚓平成6年に復元された、平引揚桟橋どす

 海に向かって伸びとるあの桟橋は、平成6年(1994年)に復元されたもんどす。かつてこの場所にほんまにあった桟橋を、当時の姿を伝えるために造り直さはったんどすなあ。

 「岸壁の母」の歌でも知られるとおり、たくさんの方が、ここでご家族の帰りを待たはったんどす。復元された桟橋に立つと、その時代の重さが静かに伝わってくるように思います。

🌊十三年の間、66万人余りを迎えた岸壁どす

 舞鶴は戦後、昭和20年(1945年)10月から昭和33年(1958年)まで、13年もの長い間、引揚者の方々を迎え続けた港どした。その数は66万人余り、そしてご遺骨は1万6千余柱にのぼると伝えられとります。

 これだけ長い年月、これだけ多くの方をお迎えした岸壁は、全国を見てもここだけどす。数字の一つひとつに、それぞれのご家族の物語があったんやなあと、あらためて感じさせられます。

🕊️今は海を望む、静かな祈りの場どす

 今の引揚記念公園は、当時の喧騒がうそのように、ほんまに静かな場所どす。海風が吹き抜けて、舞鶴湾がゆっくりと広がっとって、桟橋から記念館までは歩いても20分ほど、車やったら3分ほどの距離どす。

 訪れる方は、手を合わせてから桟橋の先まで歩かはったり、ベンチに腰かけて海をじっと見つめてはったり。それぞれのペースで、それぞれの想いを胸に過ごさはるんどすなあ。

📍行っ得メモ

・所在地:京都府舞鶴市字平1584
・JR東舞鶴駅からバスで約20分「引揚記念館前」下車
・記念館からは徒歩約20分、車で約3分
・駐車場あり
・入園無料(記念館は別途入館料)

 平引揚桟橋に立って舞鶴湾を眺めとると、ここを通って故郷に帰らはった方々の想いが、今も静かに残っとるような気がしてきます。あの日々を忘れんと、これからも大切に語り継いでいけたらなあと、心から思うんどす。

 夜、静かな海を思い浮かべながら、純米大吟醸YUTAKA(豊)をそっと一献。冷やして口に含むと、澄んだ吟醸香がふわりと広がって、あの穏やかな舞鶴湾の景色と重なるような、そんな静かなひとときになるんどす。手を合わせるような気持ちで、ゆっくりと味わっていただけたらと思います。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 引揚記念公園はどこにあるん?
A. 京都府舞鶴市字平1584にある公園どす。舞鶴湾を見下ろす高台に広がっとって、すぐそばには舞鶴引揚記念館も建っとります。公園内には平和を願う群像や歌碑もあって、海を望みながら静かに過ごせる場所になっとりますえ。

Q. 平引揚桟橋はいつ復元されたん?
A. 平成6年(1994年)に復元されたんどす。かつて実際にこの場所にあった桟橋を、当時の姿を伝えるために造り直さはったもので、『岸壁の母』の歌でも知られる、多くの方の想いが刻まれた場所どすなあ。

Q. どれくらいの人を迎えた岸壁なん?
A. 舞鶴は昭和20年(1945年)から昭和33年(1958年)までの13年間、66万人余りの引揚者と、1万6千余柱のご遺骨を迎え続けた岸壁どす。これだけ長く、多くの方を迎えた港は、全国でもここだけと伝えられとりますんえ。

Q. 記念館とは離れとるん?
A. いいえ、すぐそばどす。平引揚桟橋のある引揚記念公園の一角に、舞鶴引揚記念館も建っとります。桟橋から記念館までは歩いて約20分、車やったら3分ほどの距離どすので、あわせて訪ねてもらいやすい場所どすえ。

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