海の京都物語 第125話 田辺城資料館で偲ぶ、彰古館の殿様たちの物語どす|日本酒YUTAKA(豊)

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 先週は五老スカイタワーはんから舞鶴湾をぐるーっと見渡させてもろて、海と山に囲まれた舞鶴の地形をまるごと味わいましたなあ。今回はその高台から見下ろした西舞鶴の街の真ん中、田辺城跡に建つ舞鶴公園と田辺城資料館、彰古館のお話に移りますんえ。

 田辺城言うたら、第101話で細川藤孝はんのお名前だけちらっと出させてもらいましたなあ。あの藤孝はんが治めはった城の跡が、今も西舞鶴のまちなかにちゃあんと残ってはるんどす。

 うちも子どもの頃、学校の遠足やらでこの公園を歩いた覚えがありますんやけど、大人になってあらためて資料館の中を覗いてみたら、知らんことばっかりでほんまに面白かったんどすえ。

🏯天正年間、細川藤孝が築いた田辺城

 田辺城は、織田信長の命で丹後を治めることになった細川藤孝(幽斎)はんが、天正年間に築いたお城どす。正確な築城の年については、天正6年築城説と、天正9年に館の建設が始まって天正16年頃にほぼ完成したという説とがあって、資料によって書きぶりが少し違うんどすなあ。

 藤孝はんが隠居しはった後は、息子の細川忠興はんが田辺城の主となりはりました。西舞鶴の平地のまんなかに構えられた平城で、当時はぐるりと水堀もめぐらされとった、なかなか本格的なお城やったそうどす。

 この田辺城言うたら、関ヶ原の戦いの前哨戦で藤孝はんが籠城しはったことでも知られとるんどすけど、その籠城戦の詳しいお話はまた別の回でじっくり語らせてもらいますよって、今日のところは資料館と城跡のご案内に専念させておくれやす。

🗼昭和と平成、二つの時代に蘇った建物

 残念ながら、田辺城のお堀は今はすべて埋め立てられてしもて、当時のまま残っとるわけやおへん。せやけど本丸のあたりには、天守台の石垣がちゃんと今も残ってますんどすえ。野面積みの重厚な石垣で、東西21メートル、南北約31メートル、高さ約4.5メートルもある立派なもんどす。

 今、公園の中で目を引く二層の櫓「彰古館」は、昭和15年(1940年)に復興されたもんどす。そのすぐそばには、平成4年(1992年)に模擬復興された城門もあって、その2階部分が田辺城資料館として使われとるんどすなあ。

 古い時代の石垣と、後の時代に蘇らせた建物とが並んで建っとる様子は、時代を超えて田辺城を大事に思う人らの気持ちが積み重なった結果なんやろなあと、しみじみ感じさせられますわ。

📜資料館でたどる歴代城主と暮らしの記憶

 田辺城資料館の中に入ると、細川氏から京極氏、そして江戸時代を通じて長う治めはった牧野氏まで、歴代の城主の資料がパネルや模型でぎょうさん紹介されてますんどす。田辺城が歩んだ約290年の歴史と、城下町での人々の暮らしぶりが一度に見渡せる、こじんまりしてても中身の濃い資料館どすえ。

 展示の中には甲冑も飾られとって、間近でその重みや造りをじっくり眺められるんどす。写真撮影もできるさかい、お城好きの人にはたまらん時間になるんやないかと思いますわ。

🌸舞鶴公園、桜咲く憩いの城跡へ

 今の田辺城跡は、舞鶴公園としてまちの人らの憩いの場になってますんどす。広場や遊具もあって、子ども連れの家族がのんびり過ごしてはる姿もようけ見かけますえ。

 春になると、この公園は桜の名所としても知られとって、天守台の石垣と桜が一緒に見られる景色は、なかなか他所では味わえん趣きどすなあ。うちも桜の季節に訪れたら、殿様の時代とはまた違う、今を生きる人らの春を感じさせてもらえる気がしますんえ。

📍行っ得メモ

・住所:京都府舞鶴市南田辺(舞鶴公園内)
・アクセス:JR西舞鶴駅から徒歩約10分/京都交通バス「千日前」下車徒歩約3分
・開館時間:午前9時~午後5時(最終入館は午後4時30分)
・休館日:毎週月曜日(祝日の場合は翌々日)、祝日の翌日、年末年始(12月29日~1月3日)
・入館料:大人200円、学生(小学生~大学生)100円※就学前および舞鶴市内在住・通学生は無料
・問い合わせ:田辺城資料館 0773-76-7211

 殿様が暮らしはったお城の跡が、今はご近所さんの散歩道や子どもらの遊び場になってる言うんは、なんや不思議な巡り合わせどすなあ。歴史がちゃんと今の暮らしに溶け込んでる舞鶴らしい景色や思いますわ。

 こないな城跡を歩いた後には、純米大吟醸YUTAKA(豊)を常温か、ちょっとだけ冷やしたくらいの温度でいただくのがようお似合いどす。ぐい呑みでキュッと一杯やると、お米の旨みがじんわり広がって、石垣を眺めながら過ごした静かな時間の余韻とよう重なりますんえ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 田辺城はいつ建てられたんどすか?
A. 織田信長はんの命令で丹後を治めはった細川藤孝(幽斎)はんが、天正年間に築いたお城どす。ただ正確な築城年については資料によって天正6年説や天正9年説があって、はっきり一つに決まっとらんのどすなあ。

Q. 彰古館とお城の門はいつできたん?
A. 彰古館は昭和15年(1940年)に復興された二層の櫓で、天守台のそばに建ってますんどす。そのすぐ近くの城門は平成4年(1992年)に模擬復興されたもんで、2階が田辺城資料館として使われとるんどすえ。

Q. 資料館ではどんなもんが見られますか?
A. 細川氏・京極氏・牧野氏いう歴代城主の資料や、田辺城290年の歴史、城下町での暮らしぶりがパネルや模型で紹介されてますんどす。甲冑の展示もあって、写真も撮らせてもらえるさかい、お城好きにはたまらん時間になりますえ。

Q. お城歩きの後、お酒はどう選んだらええ?
A. 石垣や公園をのんびり歩いた後やったら、純米大吟醸YUTAKA(豊)を常温かちょっと冷やしたくらいでどうどすやろ。ぐい呑みで一杯やると、米の旨みがじんわり広がって、静かな余韻にようなじみますんえ。

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