海の京都物語 第184話 冤罪着せられた光秀はんを慰めた御霊神社、福知山に息づく情けと戦国の古文書のものがたりなんどす|日本酒YUTAKA(豊)

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 福知山編ではこれまで、福知山城の瓦一枚運動や鉄道館ポッポランド、由良川の舟運と治水にまつわる明智光秀公の足跡なんかをご紹介させてもろてきましたなあ。福知山の皆さんが光秀公を慕う気持ちは、実はお城だけやのうて、もう一つ大切な場所にも静かに息づいてますのや。

 今日はその場所、JR福知山駅からほど近い御霊神社(ごりょうじんじゃ)のお話をさせてもらいますえ。「御霊」いう名前には、まっこと福知山の人らしい、情け深い由来があるんどす。

🏯冤罪の名君を慰めた宇賀御霊大神の社

 御霊神社はもともと、五穀豊穣と商売繁盛の神さん、宇賀御霊大神をお祀りする祠やったそうどす。そこへ天正十年(1582年)の本能寺の変で謀反人とされた明智光秀公の御霊を合祀することを、当時の福知山城主・朽木氏が許さはったんが始まりとされてますのや。社号「御霊」も、これに由来してますんえ。

 光秀公は当地を「福智山」と名付け、福知山城を近世の城郭に改修し、楽市楽座を敷いて商いを盛んにしはった名君どす。せやさかい、謀反人としての汚名を着せられながらも、地元の人らには善政を敷いた恩人として今も慕われ続けてますのや。創建は宝永二年(1705年)と伝わってますんえ。

📜光秀公自筆の書状が語る戦国の緊張

 御霊神社には、市指定文化財「御霊神社紙本墨書明智光秀関係文書」いう一巻二通の古文書が伝わってますのや。一つは天正九年(1581年)六月二日付の「明智光秀家中軍法」、十七条からなる軍法で、光秀公の軍隊の在り方を今に伝える貴重な史料どす。

 残る二通は光秀公自筆の書状どすて。天正六年(1578年)に八上城を包囲してた陣中から奥村源内はんへ宛てたもの、天正八年(1580年)に山田城攻略後の処分を出野左衛門助はん・片山兵内はんへ指示したものと、それぞれ戦国の緊迫した空気が墨の跡から伝わってくるようどすなあ。

🎏光秀公の命日を偲ぶ祭りと実りの秋の例大祭

 御霊神社では一年を通じてさまざまなお祭りが営まれてますけど、なかでも六月十三日の「光秀公正辰祭」は、光秀公の御霊をお慰めする大切な神事どす。そして八月十五日には、由良川の堤防を築いて福知山を水害から守らはった光秀公の恩に感謝する「堤防祭」も執り行われてますのや。

 秋には十月第一土曜に例大祭宵宮祭、翌日曜に例大祭がにぎにぎしく催され、氏子はんらが一年の実りを神さんに報告しはります。境内には季節ごとに提灯や幟が並んで、福知山の秋を彩る風物詩の一つになってますんえ。

🌊御霊公園に刻まれた水害の記憶

 神社に隣り合う御霊公園には、昭和二十八年(1953年)の台風十三号で福知山の町を襲うた水害の浸水位を示す標識が立ってますのや。由良川の氾濫と向き合い続けてきたこの土地の歴史を、静かに物語ってますなあ。

 公園にはからくり時計もしつらえられ、地元の子どもらにも親しまれてますんえ。光秀公が築かはった堤防のおかげもあって、今の福知山の暮らしが守られてる、そない思うと感慨深いもんどすなあ。

📍行っ得メモ

・JR福知山駅から徒歩10〜15分
・住所:京都府福知山市中ノ238
・電話:0773-22-2255
・6月13日は光秀公正辰祭、8月15日は堤防祭、10月第1土曜は例大祭宵宮祭、第1日曜は例大祭
・隣接する御霊公園には昭和28年台風13号の浸水位標識やからくり時計あり

 御霊神社の境内にひっそり伝わる古文書の一つ一つに、戦に明け暮れた武将としての光秀公と、堤防を築いて民を守った為政者としての光秀公と、両方の顔が刻まれてるような気がしますのや。謀反人いう汚名やのうて、この土地の人らが選んだんは「情け」の方どしたんやなあ、思いますえ。

 そないな光秀公の正辰祭が営まれる六月言うたら、ちょうど梅雨入り前の蒸し暑さが増してくる頃どすなあ。純米大吟醸YUTAKA(豊)は、そんな夜には十二度前後のやや冷やし気味でいただくと、すっきりした喉ごしが心地よろしいんどす。切子のように涼しげな薄手のグラスに注いで、光秀公が丹波の地に残さはった堤防のごと、幾重にも重なる旨みと吟醸香をゆっくり味わうてみとうおすなあ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 御霊神社はどこにあるんどすか?
A. 御霊神社はJR福知山駅から徒歩10分から15分ほどの、福知山市中ノ238にございます。お車でお越しの際は周辺の駐車場をご利用くださいませ。境内には御霊公園も隣接していて、あわせて散策を楽しんでいただけますんえ。

Q. 御霊神社と明智光秀はどんな関係どすか?
A. 御霊神社は、本能寺の変で謀反人とされた明智光秀公の御霊を、福知山城主の朽木氏が宇賀御霊大神の祠に合祀することを許したんが始まりどす。光秀公は福知山城の改修や楽市楽座など善政を敷かはった名君として、今も地元で慕われ続けてますのや。

Q. 光秀公正辰祭とはどんなお祭りどすか?
A. 光秀公正辰祭は、光秀公の御霊をお慰めする毎年6月13日の神事どす。あわせて8月15日には、由良川の堤防を築いて福知山を水害から守らはった光秀公の恩に感謝する堤防祭も営まれ、秋には10月に例大祭がにぎにぎしく執り行われますんえ。

Q. 福知山で純米大吟醸YUTAKAはどう楽しめますか?
A. 6月の光秀公正辰祭の頃、蒸し暑さが増す夜には、純米大吟醸YUTAKA(豊)を12度前後にやや冷やしていただくのがおすすめどす。切子のような薄手のグラスに注いで、幾重にも重なる旨みと吟醸香を、ゆっくり味わってみておくれやす。

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