海の京都物語 第239話 網野町塩江に光る五色の小石どす、波食棚に刻まれた地震の爪痕と磯遊びの渚を訪ねてきましたんえ|日本酒YUTAKA(豊)

•

 海の京都物語もとうとう第二百三十九話どすなあ。京丹後市シリーズでは、経ヶ岬の灯台から琴引浜の鳴き砂、久美浜湾に浮かぶ小天橋まで、丹後半島のあちこちを一緒に巡ってまいりましたけど、今日はまだご紹介したことのなかった、網野町塩江の小さな渚へお連れしますえ。

 九月も末になって、朝夕はめっきり涼しゅうなってきましたなあ。夏の賑わいがひと段落したこの時分やからこそ、波音だけが響く磯辺をゆっくり歩くのにちょうどええ頃合いどす。今日訪ねるんは、色とりどりの小石が波間にきらめく「五色浜」どすえ。

🪨 名前の由来になった五色の小石

 五色浜は京丹後市網野町塩江、山陰海岸国立公園の中にある海岸どす。京丹後市の公式案内によりますと、その名の由来は波打ち際に散らばる様々な色の礫にあるんやそうどす。

 京都府の資料には、これらの小石の多くは秩父古生層由来のチャート礫やと記されとります。長い年月、波にもまれて丸う磨かれてきたんが、あの多彩な色合いのもとになっとるんやろなあ。

 波が引くたび、赤みがかった石や青みを帯びた石がしっとり濡れて光って見えて、つい足を止めて一つ拾うてしまいとうなる、そないな渚どすえ。

🌊 波食棚に刻まれた地震の爪痕

 五色浜の岩場には「波食棚」と呼ばれる広い岩の棚が続いとって、あちこちに甌穴、いわゆるポットホールも見られますんや。

 地元の歴史文化マップによりますと、昭和二年(一九二七年)の北丹後地震の際には、この波食棚が約五十センチも隆起して、その跡がノッチ、波食窪として今も残っとると伝わりますんえ。

 足元の岩をよう見てみると、水平にすーっと走る筋が刻まれとって、百年近う前の大地の震えを、今も静かに物語ってくれてる気ぃがしますんどす。

🏖️ 五色浜園地でのんびり磯遊び

 波打ち際まで遊歩道が延びる五色浜園地は、丹後地域で唯一の海中公園として整備されとって、芝生広場や休憩所も備わっとります。駐車場は無料、京都丹後鉄道の夕日ヶ浦木津温泉駅から車で約十分という近さも嬉しいとこどす。

 潮だまりをそっと覗きこんだら、ウニやイソギンチャク、ヒトデや小魚がひょっこり顔を出して、童心に返って夢中になってしまいますえ。

🌅 ジオパークが伝える大地の記憶

 五色浜一帯は「山陰海岸ジオパーク」の一つ、「五色浜・夕日ヶ浦周辺」としても紹介されとって、荒々しい岩場の成り立ちを今に伝える大切な場所どす。市の天然記念物にも指定されとりますんやで。

 初秋の澄んだ夕空が海に映りこむ時分になると、波食棚の岩肌がほんのり橙色に染まって、なんや時が止まったような静けさに包まれますんや。

📍行っ得メモ

・五色浜(京都府京丹後市網野町塩江)は山陰海岸国立公園内
・京都丹後鉄道「夕日ヶ浦木津温泉駅」から車で約10分、府道浜詰網野線沿い
・五色浜園地は駐車場無料、遊歩道・芝生広場・休憩所あり
・波食棚は満潮時や雨上がりは滑りやすいので、歩きやすい靴でお出かけやす
・市指定天然記念物、山陰海岸ジオパークのジオサイトのひとつ

 色とりどりの小石に、百年近う前の地震の跡まで刻まれとるやなんて、ただの綺麗な渚やと思うて訪ねたら、えらい奥深い場所どしたなあ。うちも今度こそ、ゆっくり潮だまりを覗きに行きたいて思いましたんえ。

 こないな渚を思い浮かべながら、YUTAKAはやっぱり冷やでちびちびいただくんが似合いますなあ。ガラスの盃に注いだひと口は、波にもまれて磨かれた小石みたいに澄んだ喉ごしで、磯の香りする肴と合わせたら、初秋の夜長がなんとも豊かなひとときになりますんえ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

大吟醸KYOTO YUTAKAを見る/購入する

FAQ
Q. 五色浜はどこにありますか?
A. 五色浜は京都府京丹後市網野町塩江にあり、山陰海岸国立公園内に位置する海岸どす。京都丹後鉄道の夕日ヶ浦木津温泉駅から車で約10分、府道浜詰網野線沿いにあって、無料の駐車場も整うとります。

Q. 五色浜という名前の由来は何どすか?
A. 波打ち際に散らばる色とりどりの小石が由来やと伝わります。多くは秩父古生層由来のチャート礫で、長い年月、波にもまれて丸う磨かれてきたんやそうどす。その多彩な色合いから五色浜と呼ばれるようになったと京都府や京丹後市は紹介しとります。

Q. 五色浜では磯遊びができますか?
A. 波食棚に広がる潮だまりで、ウニやイソギンチャク、ヒトデ、小魚などが観察できます。ただし岩場は滑りやすいところもあるさかい、歩きやすい靴で、波の様子を見ながら気ぃつけて楽しんでおくれやす。

Q. 地震の痕跡が残っとるて本当どすか?
A. ほんまどす。昭和2年(1927年)の北丹後地震の際、五色浜の波食棚は約50センチ隆起したと伝わり、その跡がノッチと呼ばれる波食窪として今も海岸に残っとります。地殻変動の生きた証やと言われとりますんや。

0件のコメント
ブログに戻る

コメントを残す

コメントは公開前に承認される必要があることにご注意ください。