海の京都物語 第300話 三百話目のお印は丹後町宮どす、全長190メートルの神明山古墳に眠る日本海三大古墳の物語を訪ねるえ|日本酒YUTAKA(豊)
三百話にもなりましたなあ。丹後半島をぐるり一周して、久美浜の酒蔵、琴引浜の鳴き砂、間人の海辺、峰山の金刀比羅さんいうて、京丹後市のあちこちを一緒に歩いてきましたんえ。
節目の今回は、ちょっと目線を変えて古代の丹後に飛んでみますえ。訪ねるんは丹後町宮に眠る「神明山古墳」、日本海側でも指折りの大きさを誇る前方後円墳どす。
🏯日本海側で二番目に大きい古代の王墓どす
神明山古墳は京丹後市丹後町宮に位置する前方後円墳で、墳丘の全長は約190メートル。築造されたんは古墳時代前期の終わり頃、4世紀末から5世紀初頭と考えられとります。網野銚子山古墳(198メートル)に次いで日本海側では二番目の規模を誇り、国の史跡に指定されとるんどす。
丹後半島の付け根に三基も並び立つ「日本海三大古墳」いうロマンに、歴史好きならずとも胸が高鳴りますなあ。海を見下ろす丘の上に横たわる巨大な墳丘を前にすると、古代の王がどれほどの力を持っとったか、肌で感じられる気がしますんえ。
🚣舟を漕ぐ人物が刻まれたハニワ片どす
この古墳から出土した埴輪の破片には、舟と櫂を漕ぐ人物の姿が線刻で描かれとります。巨大古墳に葬られた首長の儀式の様子を表したものと見られとって、実物は麓の丹後古代の里資料館で見ることができますえ。
波を越えて舟を漕ぐ古代人の姿を思い浮かべながら資料館のガラスケースを覗いとると、丹後の人らが大昔から海と共に生きてきたことが、すうっと腑に落ちますんどす。
⛩️竹野神社から歩く古代へのみちどす
古墳の北東には、平安時代の『延喜式神名帳』にも名の見える竹野神社が鎮座しとります。参拝を済ませて脇の小径を約250メートル歩くと、古墳の前方部にたどり着くんどす。
秋晴れの日に竹野神社の杜を抜けて古墳へ向こうと、木々の間から差す光と風の音だけが聞こえてきて、千六百年前の王の眠りをそっと起こさんよう、自然と足音も静かになりますなあ。
📍行っ得メモ
・丹後古代の里資料館(京丹後市丹後町宮108)で出土品を展示、開館時間や入館料は変更されることもあるため訪問前に要確認どす
・峰山駅から丹後交通バス間人方面行きに乗り約45分、「丹後町役場前」下車徒歩約8分どす
・車なら山陰近畿自動車道・京丹後大宮ICから約22キロメートル、資料館の無料駐車場(25台)が利用できますえ
三百話を振り返ると、海沿いの絶景から酒蔵、神社仏閣まで、ほんまに京丹後市は語りつくせんとこどすなあ。千六百年の時を超えて今も静かに佇む神明山古墳を前にすると、これからもこの土地の物語を一つずつ丁寧に紡いでいきたいと、しみじみ思いますんえ。
古墳を巡った帰り、ひんやりとした切子グラスに純米大吟醸YUTAKAを注いで、キンと冷えた十度ほどで口に運ぶと、米の旨みがすうっと喉を通っていきますんどす。古代の王に思いを馳せながら傾ける一献は、千六百年の歴史の重みをそっと受け止めてくれるような、澄んだ余韻を残してくれますえ。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 神明山古墳はどこにありますか
A. 京丹後市丹後町宮に位置する前方後円墳どす。全長約190メートルで、日本海側では網野銚子山古墳に次いで二番目に大きい規模を誇り、国の史跡に指定されとります。竹野神社から徒歩約250メートルの距離にあり、古代丹後の繁栄を今に伝える貴重な遺跡どす。
Q. 日本海三大古墳とは何ですか
A. 神明山古墳、網野銚子山古墳、蛭子山古墳の三基を指す呼び名どす。いずれも国の史跡で、丹後地域を治めた古代の首長が海を越えた交易で力を蓄えとった証と考えられとります。巨大な墳丘からは、当時のこの地の繁栄ぶりがうかがえますんえ。
Q. 出土したハニワはどこで見られますか
A. 舟を漕ぐ人物の線刻画が刻まれた埴輪片は、古墳のふもとにある丹後古代の里資料館で展示されとります。開館時間や休館日、入館料は変更されることもあるため、訪ねる前に最新情報を確認してもらうと安心どす。古代人の暮らしぶりを間近で感じられますえ。
Q. アクセス方法を教えてください
A. 電車なら峰山駅から丹後交通バス間人方面行きに乗り約45分、「丹後町役場前」下車後に徒歩約8分どす。車の場合は山陰近畿自動車道・京丹後大宮ICから約22キロメートルで、資料館には無料駐車場も備わっとりますんえ。
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