海の京都物語 第368話 加悦の尾藤はん屋敷、国の重要文化財どすえ|日本酒YUTAKA(豊)

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 海の京都物語、第368話どす。これまでちりめん街道を歩きながら、西山機業場はんの織り機の音や、杉本家住宅の佇まい、丹後ちりめん歴史館で知った生地の秘密、加悦鉄道資料館に眠る軽便鉄道の記憶、そして与謝野鉄幹・晶子はんゆかりの地まで、いろいろ覗いてきましたなあ。

 せやけど今日は、街道のど真ん中にどっしり構える「旧尾藤家住宅」どす。令和6年、ようやく国の重要文化財にならはったこのお屋敷、実は8棟もの建物が集まった大きな屋敷構えやったんどす。中身をじっくり見ていきまひょ。

🏛8棟まとめて国の重要文化財、その指定理由

 令和6年(2024年)1月19日付で、旧尾藤家住宅は国の重要文化財に指定されはったんどす。主屋、奥座敷、内蔵、雑蔵、新座敷、新蔵、奥蔵、米蔵の8棟がまとめて指定対象になってます。指定基準は「地方的特色において顕著なもの」やそうで、丹後地域の豪商屋敷のありようをよう伝える建物として評価されたんどす。

 所有者は与謝野町はんどす。加悦のちりめん街道は重要伝統的建造物群保存地区にも選定されてますけど、その中でもひときわ大きい敷地を持つんがこの尾藤家住宅、敷地面積はおよそ1,000平方メートルにもなるそうどす。

🏯但馬から移ってきた主屋、丹後と但馬が混じり合う意匠

 主屋は慶応元年(1865)の建立で、なんと現在の兵庫県豊岡市日高町、つまり但馬の地から移築されてきた建物やそうどす。地区内でも最古級の遺構とされ、但馬と丹後、両方の民家の特徴をあわせ持つ珍しいお屋敷なんどす。2階建て、切妻造、桟瓦葺で、一間一戸の薬医門と土塀が通りに向いて構えてます。

 街道を歩いてこの門構えの前に立つと、遠く但馬の山から運ばれてきた木組みが、丹後の風土にすっと馴染んでるんが不思議に思えてきますなあ。移築いう手間をかけてまで、立派な住まいをこしらえようとした尾藤家の心意気が伝わってくるようどす。

🫖昭和5年の新座敷と、煎茶趣味・洋風応接間

 奥座敷や内蔵は幕末に、奥蔵は明治21年(1888)に、そして新座敷は昭和5年(1930)、北丹後地震のあとに建てられたんやそうどす。新座敷には煎茶趣味の意匠が凝らされ、近代化が進む中で洋風の応接間も加えられたと伝わってます。和と洋、伝統と近代が同じ屋敷の中に同居してるんどす。

 縮緬で財を成した商家が、時代ごとに座敷を増やし、意匠を更新していった跡を辿ると、ちりめん街道の繁栄がどれだけ長く続いたんか、肌で感じられる気がしますなあ。

🧵生糸ちりめん問屋から鉄道・銀行業まで広げた尾藤家

 尾藤家は丹後ちりめんの生糸を扱う問屋として加悦地域で栄え、昭和55年(1980)頃までこの屋敷に4代にわたって暮らしてはったそうどす。のちには醤油販売や運輸、保険、地方鉄道、銀行業にまで手を広げたとも伝わってますが、歴代当主の役職など詳しい事業の経緯は要確認どす。

 一軒の商家がちりめんの商いだけやのうて、地域の暮らしを支えるいろんな事業に関わっていった歴史、ちりめん街道を歩くだけやのうて、こういう屋敷の中身を知ると、街道の奥行きがぐっと増しますなあ。

📍行っ得メモ

・旧尾藤家住宅は京都府与謝野町字加悦1085番地、ちりめん街道沿いに所在
・令和6年(2024年)1月19日、主屋など8棟が国の重要文化財に指定(所有者は与謝野町)
・公開日時・入館料・アクセス方法は変更される場合があるため、訪問前に与謝野町や観光協会の公式情報で要確認

 秋の陽射しが土壁にやわらこう差し込む頃、尾藤家住宅の前庭に立つと、ちりめんで財を成した商家の時の流れがそのまま残ってるような、不思議な静けさを感じますんや。8棟もの建物に刻まれた歴史、一度にぜんぶ見るんはもったいないくらいどす。

 そんな秋の昼下がり、尾藤家の座敷を思い浮かべながら、純米大吟醸YUTAKAをちょっとぬる燗にして、薄づくりのガラスの酒器でいただくんがええんどす。口に含むと、ふわりと広がる吟醸香の奥に、米の旨みがすっと通っていく感じが、丹後と但馬の意匠が混ざり合うたこの屋敷の佇まいと、どこか重なる気ぃがしますわ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 旧尾藤家住宅はどこにありますか?
A. 旧尾藤家住宅は、京都府与謝野町字加悦1085番地、ちりめん街道沿いに所在しています。令和6年(2024年)1月19日付で、主屋をはじめとする8棟が国の重要文化財に指定されました。所有者は与謝野町で、丹後ちりめんで栄えた豪商の屋敷構えを今に伝えています。

Q. 重要文化財にはいつ指定されましたか?
A. 令和6年(2024年)1月19日付で、旧尾藤家住宅の主屋、奥座敷、内蔵、雑蔵、新座敷、新蔵、奥蔵、米蔵の8棟が国の重要文化財に指定されました。指定基準は地方的特色において顕著なものとされ、丹後地域の豪商屋敷のありようを伝える建物として評価されています。

Q. 主屋にはどんな特徴がありますか?
A. 主屋は慶応元年(1865)の建立で、現在の兵庫県豊岡市日高町、つまり但馬の地から移築された建物とされています。地区内でも最古級の遺構で、但馬と丹後、両方の民家の特徴をあわせ持つ点が特徴です。2階建て、切妻造、桟瓦葺で、薬医門と土塀を構えています。

Q. 尾藤家はどんな商いをしていましたか?
A. 尾藤家は丹後ちりめんの生糸を扱う問屋として加悦地域で栄え、昭和55年(1980)頃までこの屋敷に暮らしていたと伝わります。のちには醤油販売や運輸、保険、地方鉄道、銀行業にも関わったとされますが、詳しい事業の経緯については要確認の点もあります。

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