海の京都物語 第395話 禅の名刹はんが丹波と安芸をつないだんどす、天寧寺はんの物語え|日本酒YUTAKA(豊)

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 海の京都物語、第395話は福知山市大呂(おおろ)にひっそりと佇む禅寺・天寧寺のお話どす。福知山いうたらお城や鬼伝説ばかり注目されがちどすけど、実はもうひとつ、知られざる歴史の物語が山里に眠ってますんえ。

 天寧寺は、南北朝時代の禅僧・愚中周及(ぐちゅうしゅうきゅう)はんゆかりの寺どす。この一人の僧侶が、丹波の山里と遠く安芸国(広島県)を禅の教えで結んではったいうお話、じっくり聞いとくれやす。

⛩️ 禅の高僧、丹波の地に招かれる 鎌倉時代の末、常陸国から丹波へ移り住んだ地頭・大中臣那珂宗泰はん(法名・宗吽)が、大呂の地を治めてはったんどす。1362年に宗吽はんが所領を寄進した証文が今に伝わっとって、禅の寺をえらい大切にしてはったことが分かりますんえ。その3年後、貞治4年(1365年)に禅僧・愚中周及はんがこの天寧寺に入り、中興開山として寺の礎を築きはったんどす。福知山の市街から少し山に分け入った大呂の集落は、今も静かな山並みと杉木立に囲まれて、訪れる人の心を鎮めてくれますんえ。

🀄 中国で学んだ禅僧、海を越えた師弟の絆 愚中周及はんは、若い頃に中国(元)へ渡り、金山寺の即休契了(そっきゅうけいりょう)はんに師事して、約10年のあいだ修行を積みはったんどす。印可を受けて衣鉢を継ぎ、帰国してすぐに丹波の天寧寺へ入ったという歩みは、当時の禅僧としては並大抵やない経験どしたやろ。異国の師から受け継いだ教えを、この丹波の山里で静かに説いてはった姿を思うと、時を超えて胸に迫るもんがありますんえ。

🏯 丹波から安芸へ、もうひとつの名刹を開く 時が流れて応永4年(1397年)、安芸国(現在の広島県三原市)の武将・小早川春平はんが、愚中周及はんを招いて佛通寺を創建しはったんどす。佛通寺は臨済宗佛通寺派の大本山となり、2026年の今、まもなく創建630年を迎えようとしてはりますんえ。丹波の山里で禅の種をまいた一人の僧が、遠く安芸の地にも大きな禅林を開いたいう事実は、海の京都の歴史が意外なところで日本各地とつながっとることを教えてくれますんえ。

🪷 ひとつの魂、ふたつの寺に眠る(要確認) 伝えられるところによりますと、愚中周及はんは最期をこの天寧寺で迎えはり、遺骨は天寧寺と佛通寺の両方に分けて納められたと伝わっとります(一次史料未確認のため要確認どす)。丹波と安芸、遠く離れたふたつの寺が一人の禅僧によって結ばれとるいうのは、なんや不思議なご縁を感じますなあ。大呂の境内に立つと、山風に揺れる木々の音だけが聞こえて、600年以上前の師弟の物語がそっと息づいとるように思えますんえ。

🖼️ 寺に伝わる至宝、西湖図 天寧寺には「紙本墨画 西湖図」如寄筆という一幅が伝わっとって、京都府の指定文化財(絵画)に数えられとるんどす。現在は京都国立博物館に寄託されとって、普段は寺でじかに見ることはできまへんけど、中国・杭州の西湖の景色を描いた室町時代の貴重な一枚どす。作者の如寄(じょき)はんは雪舟の画風に学んだと伝わる画僧で、現存する作品はおよそ10点ほどしか確認されとらんそうどす。静かな山寺が、はるか中国の湖の風景を今に伝えとるいうのも、ロマンを感じる話どすなあ。

📍行っ得メモ

・天寧寺は京都府福知山市大呂に所在し、臨済宗の古刹として丹波地域を代表する寺院のひとつとされていますんえ
・寺宝「西湖図」は現在京都国立博物館に寄託されており、通常の参拝では実物を見られまへん(公開状況は要確認どす)
・本堂等の拝観可否や受け入れ体制は変更されることがあるため、訪問前に福知山市や寺院への確認をおすすめしますんえ
・ゆかりの佛通寺(広島県三原市)は臨済宗佛通寺派の大本山で、丹波と安芸、ふたつの禅寺を巡る旅もおもしろいんどす

 一人の禅僧が、丹波の山里と安芸の地、ふたつの禅林を育てたいう歴史を知ると、福知山いう町がただの一地域やのうて、日本中の信仰や文化とつながる結び目やったんやと実感しますんえ。静かな境内にたたずむだけで、600年以上前の師弟の絆に思いを馳せられる、そんな贅沢なひとときを味わってほしいんどす。

 こないな山里の禅寺に思いを馳せる夜は、純米大吟醸YUTAKA(豊)をぬる燗より少し低う、人肌燗くらいに温めて、ぐい呑みでいただくのがよろしおす。愚中周及はんが海を渡って学んだ禅の教えのように、ふくよかな米の旨みがゆっくりと喉を通って、心の奥までじんわり沁みわたる味わいどす。丹波の静けさと安芸までつながる物語を肴に、ひとり静かに盃を傾ける時間も、また格別どすなあ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 天寧寺はどこにありますか?
A. 天寧寺は京都府福知山市大呂に位置する臨済宗の古刹どす。福知山市街から山あいに入った静かな集落にあり、丹波地域を代表する禅宗寺院のひとつとされていますんえ。拝観や公開状況は変わることがあるため、訪れる前に確認するのがおすすめどす。

Q. 愚中周及とはどんな人物どすか?
A. 愚中周及は南北朝時代の禅僧で、中国に渡り金山寺の即休契了に師事しはりました。貞治4年(1365年)に天寧寺の中興開山となり、のちに安芸国(広島県)で佛通寺も開いた、丹波と安芸を結ぶ存在どす。

Q. 佛通寺とはどんな関係どすか?
A. 佛通寺は応永4年(1397年)、安芸国の武将・小早川春平が愚中周及を招いて創建した寺で、臨済宗佛通寺派の大本山どす。愚中周及は天寧寺と佛通寺の両方にゆかりがあり、伝承では遺骨も両寺に分けて納められたとされていますんえ(要確認)。

Q. 天寧寺の文化財は見られますか?
A. 天寧寺に伝わる「紙本墨画 西湖図」如寄筆は京都府指定文化財で、現在は京都国立博物館に寄託されとります。そのため通常の参拝では実物を見ることはできまへんが、寺の歴史の深さを物語る貴重な宝どすえ。

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