海の京都物語 第103話 元は兵器庫どしたんえ、市政記念館のほんまの顔|日本酒YUTAKA(豊)
前回は赤れんがパークのシンボル、赤れんが博物館のお話をさせてもらいましたなあ。れんが建築そのものを紹介する、ちょっと専門的な建物どしたけど、今日はその並びに立つ、もう一つの赤れんがの建物のお話どす。
パークを歩いてはったら、赤れんが博物館のすぐ近くに、どっしりした赤れんが造りの建物がもう一棟建ってますのんえ。それが「舞鶴市政記念館」どす。名前だけ聞くと堅苦しい感じもしますけど、実はこの建物、うちら舞鶴の暮らしと、えらい深いところでつながってますんどす。
🏛明治の兵器庫として生まれた建物
市政記念館の建物がでけたんは、明治35年(1902年)のことどす。舞鶴に海軍鎮守府が開庁したんに合わせて建てられた、赤れんが造りの倉庫の一つやったんどすえ。パークの中では「2号棟」とも呼ばれてますんどす。
当時は海軍の兵器を納める倉庫として使われてたそうで、赤れんが博物館(旧魚形水雷庫)とはまた違う役割を持った建物やったんどす。同じ赤れんがでも、それぞれに違う仕事を任されてたいうんが、なんや面白いところどすなあ。
🧱平成20年、国の重要文化財に
この建物を含む赤れんが倉庫群8棟は、平成20年(2008年)6月9日に「舞鶴旧鎮守府倉庫施設」いう名前で、国の重要文化財に指定されはったんどす。
明治の海軍さんが建てはった実用一点張りの倉庫が、100年余りの時を経て国の宝として認められる。そう思うと、赤れんが一つひとつがえらい誇らしゅう見えてきますわ。
🏢実は市役所どしたんえ、知らはりました?
戦後、この建物は舞鶴市役所の庁舎の一部として使われてた時代があるんどす。市民の皆さんが手続きに訪れる、ごくふつうのお役所として働いてた赤れんがの建物、いうわけどすなあ。
赤れんが博物館が「見せる」ための建物やったんに対して、市政記念館はしばらくのあいだ「働く」建物どした。この経歴の違いが、今日の二つの建物の性格の違いにもつながってる気ぃがしますんどす。
🎨平成6年、市民が集う場所へ
庁舎としての役目を終えたあと、平成6年(1994年)10月に「舞鶴市政記念館」として生まれ変わり、市民の交流や芸術・文化の発表の場として開かれましたんどす。
1階には多目的ホールや市民サロン、カフェもあって、2階には「舞鶴市のあゆみ」を伝える展示コーナーもありますのんえ。絵や写真の発表会が開かれることもあって、今も舞鶴の人らの暮らしに寄り添う建物どす。
📍行っ得メモ
・所在地:京都府舞鶴市字北吸1039番地の2(赤れんがパーク内)
・開館時間:9時〜17時(貸館利用時は22時まで)
・休館日:年末年始
・入館料:無料
・電話:0773-66-1096
同じ赤れんがパークに並ぶ建物でも、一つひとつに違う歴史があるんやなあと、調べてみて改めて思いましたわ。倉庫として生まれ、お役所として働き、今は市民の集いの場として生きてる市政記念館。舞鶴の百年余りの歩みが、この赤れんがの中にぎゅっと詰まってる気ぃがしますんどす。
そんな市政記念館を眺めながら味わうなら、純米大吟醸YUTAKA(豊)は、冷酒用のグラスでキリッと冷やしていただくんがようございますなあ。舞鶴鎮守府の時代から積み重なってきた歳月を思いながら、澄んだ喉ごしと上品な吟醸香をゆっくり味わう。れんがの重みと、YUTAKAの繊細な口当たりが、なんや不思議と響き合いますんえ。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 市政記念館はいつ建てられたんどすか?
A. 明治35年(1902年)に、舞鶴鎮守府の開庁に合わせて建てられた赤れんが造りの倉庫が始まりどす。海軍の兵器を納める倉庫として使われてはったんどすえ。
Q. 国の重要文化財て、ほんまどすか?
A. はい、ほんまどすえ。この建物を含む赤れんが倉庫群8棟が、平成20年(2008年)に「舞鶴旧鎮守府倉庫施設」いう名前で、国の重要文化財に指定されはったんどす。誇らしい建物どすなあ。
Q. 赤れんが博物館とはどう違うんどすか?
A. 赤れんが博物館はれんが建築そのものを紹介する博物館どすけど、市政記念館は戦後に舞鶴市役所の庁舎として使われた歴史があって、今は市民サロンや展示コーナーのある交流施設どすんえ。
Q. 入館料や開館時間を教えてほしいんどすけど。
A. 入館料は無料どす。開館時間は9時から17時まで、貸館でご利用の際は22時まで開いてますんえ。休館日は年末年始どすので、お出かけの際は気ぃつけとくれやす。
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