海の京都物語 第109話 引揚記念館で語り継ぐ、あの日の物語どすなあ|日本酒YUTAKA(豊)
前回は東郷邸で、東郷平八郎はんゆかりのお屋敷を訪ねて、舞鶴と海軍の深いご縁を偲ばせてもろたどしたなあ。今日は同じ舞鶴でも、うんと胸に迫るお話をさせてもらいます。戦争が終わったあと、海の向こうから日本に帰ってきはった人らを、66万人以上も迎え入れた港が、この舞鶴やったんどす。
昭和20年から33年まで、13年もの長いあいだ、舞鶴は日本でただ一つ、最後まで引揚港として役目を果たし続けはったんどす。満州や朝鮮半島、シベリアなど、海の向こうに残されてはった人らが、命からがら故郷への船に乗って、この舞鶴の港に降り立ちはった。そのすべての記憶を、今にちゃんと伝えてくれてはるのが、舞鶴引揚記念館どす。
🕊️十三年間、待ち続けた港どした
舞鶴引揚記念館によりますと、引揚は昭和20年(1945年)10月7日から昭和33年(1958年)9月7日まで、13年にわたって続いたそうどす。戦争が終わったとき、海外にはまだ約660万人もの日本人が残されてはったそうで、そのうち約66万人もの引揚者・復員兵を、この舞鶴の港が迎え入れはったんどす。
全国にいくつもあった引揚港が、時代とともに役目を終えていくなか、舞鶴だけが最後の最後まで、船を待つ港であり続けはった。それがどれほど重たい歳月やったか、記念館の展示の前に立つと、じんわりと伝わってくるんどす。
📜ユネスコ「世界の記憶」に登録された資料
舞鶴引揚記念館には、これまでに約1万6千点もの資料が寄贈されてきはったそうで、常設展示だけでも1000点を超える品が並んでいるそうどす。そのうち570点が、平成27年(2015年)10月10日、ユネスコの「世界の記憶」に登録されはりました。
なかでも「白樺日誌」いうのは、シベリア抑留のさなか、紙の代わりに白樺の樹皮を使い、空き缶を加工したペンと、煙突のすすで作ったインクで、抑留の日々を和歌に綴りはった、ほんまに貴重な資料どす。厳しい暮らしのなかでも、言葉を残そうとしはった人の心を思うと、胸が詰まりますなあ。
🎵「岸壁の母」に込められた祈り
舞鶴の引揚といえば、「岸壁の母」いう歌をご存じの方も多いんと違いますやろか。昭和25年(1950年)1月の引揚船の初入港から、その後6年ものあいだ、養子の帰りを信じて舞鶴の岸壁に立ち続けはった端野いせさんという方の姿が、多くの人の心を動かして、歌になったそうどす。
端野いせさんお一人のお話であると同時に、あの時代、同じように港で待ち続けはった数えきれんほどの家族の思いを重ねて、この歌は歌い継がれてきたんやと思います。記念館の展示は、そういう名もなき人らの祈りに、ずっと寄り添うてきはったんどすなあ。
🏛️静かな展示室で、今に思うこと
館内を巡っていると、大きな声で何かを訴えるでもなく、資料の一つひとつが、そっと語りかけてきはるような気がします。生き延びて帰ってきはった方らの記録、そして帰りを待ち続けはった家族の記録。そのどちらもが、平和のありがたさを、静かに、けれど確かに教えてくれるんどす。
📍行っ得メモ
・開館時間:9時から17時まで(入館は16時30分まで)
・休館日:毎週水曜日(祝日の場合は翌平日)、12月29日から1月1日
・入館料:大人400円、小学生から大学生150円(舞鶴市内在住・在学の方は無料)
・アクセス:JR東舞鶴駅からバスで約20分「引揚記念館前」下車、車は舞鶴若狭自動車道・舞鶴東ICから約15分
・所在地:京都府舞鶴市字平1584番地(引揚記念公園内)
舞鶴引揚記念館を訪ねるいうことは、遠い昔の出来事を眺めに行くいうことやのうて、今こうして穏やかに暮らせとることの重みを、静かに受け止めに行くことなんやと、あらためて思わされましたどす。ここで守られてきはった記憶に、ただただ頭が下がる思いどす。
こういう日には、大きな声で語らんと、静かに盃を傾けるんが似合うような気がします。純米大吟醸YUTAKA(豊)を、ぬる燗くらいでそっと猪口に注いで、口に含むと、雑味のない澄んだ甘みが、すうっと喉を通っていきます。手を合わせるような、静かなひとときにも、ようなじむお酒どす。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 舞鶴が引揚港やった理由はなんどす?
A. 舞鶴は日本海に面した奥深い良港で、戦後まもなくから引揚船の受け入れ地として整備されたんどす。ほかの港が順に役目を終えていくなかで、昭和33年まで最後まで引揚港として機能し続けはったんが、舞鶴やったんどすえ。
Q. ユネスコ世界の記憶ってなんどすか?
A. 舞鶴引揚記念館が収蔵する資料のうち570点が、平成27年にユネスコの「世界の記憶」に登録されはったんどす。シベリア抑留中に綴られた「白樺日誌」など、当時の暮らしぶりを伝える貴重な記録が含まれてはります。
Q. 岸壁の母はほんまのお話どすか?
A. 「岸壁の母」は、養子の帰りを信じて6年ものあいだ舞鶴の岸壁に立ち続けはった端野いせさんという方の実話をもとに生まれた歌どす。多くの家族の思いを重ねて、今も歌い継がれてはるんどすなあ。
Q. 見学にはどれくらい時間がかかりますか?
A. 展示をじっくりご覧になるなら、1時間から1時間半ほどみておいてもらうと落ち着いて回れるかと思います。歴史の重みのあるテーマどすさかい、静かなお気持ちでゆっくり訪ねてもろたら嬉しゅうございます。
京都 丹後