海の京都物語 第155話 光秀はんがたった三年で築かはった福知山城、瓦一枚運動で甦った天守と御霊さんの物語を訪ねるお話どす|日本酒YUTAKA(豊)
海の京都物語、これまで舞鶴・京丹後・宮津・伊根・与謝野と、海沿いのまちをぐるり巡ってきましたんやけど、今日からはいよいよ内陸のまち、福知山市に足を踏み入れますえ。
福知山いうたら、明智光秀はんが築いた城下町として知られとります。本能寺の変であんまり良う言われへん光秀はんどすけど、この福知山では今もなお『善政を敷いた名君』として親しまれとるんどす。
🏯光秀はんが築いた福知山城
天正7年(1579年)、織田信長はんの命を受けて丹波を平定した明智光秀が、西国攻略の拠点として城と城下町を築いたんが福知山城の始まりどす。光秀は初代城主となり、娘婿の明智秀満はんを城代に置いて、丹波統治の要としたんどす。
せやけど光秀はんが福知山にいてはったんは、わずか3年だけ。天正10年(1582年)の本能寺の変から山崎の戦いへとなだれ込み、光秀はんは非業の最期を遂げてしまわはったんどす。天守から城下を見渡すと、その短い治世に込められた思いの重さがじんわり伝わってくる気ぃがしますんえ。
🪨石垣に眠る五輪塔
福知山城の石垣は、自然石をそのまま積む『野面積み』で組まれとって、なんと五輪塔や宝篋印塔いうた石仏・石塔を転用した『転用石』が約500点も使われとるそうどす。城普請を急いだ戦国の世の慌ただしさが、石垣のあちこちに刻まれとるんどすなあ。
夕暮れ時に石垣を見上げると、無数の石がそれぞれ違う表情を見せてきて、なんや歴史の重みがひしひしと伝わってきますんえ。
🔥瓦一枚運動で蘇った天守
明治6年(1873年)の廃城令で天守は取り壊されてしもたんどすけど、地元の方らが『瓦一枚運動』いう募金活動を起こさはって、昭和61年(1986年)に三重四階の大天守が見事に復元されたんどす。
夜にライトアップされた天守を見上げると、市民の思いが積み重なって今の姿があるんやなあと、しみじみ感じ入ってしまいますんえ。
⛩御霊神社に祀られた光秀はん
宝永2年(1705年)に創建された御霊神社には、光秀はんも主祭神とともに祀られとるんどす。かつては光秀直筆の古文書をご神体としとった言われ、今も市の文化財に指定された文書が大切に伝えられとります。
『三日天下』と揶揄されがちな光秀はんが、こないして氏神さんとして今も大切にされとるんは、福知山の人らの優しい気風を表しとるんやないかて思いますんえ。
🎶福知山音頭とドッコイセまつり
福知山踊りで歌われる福知山音頭は、光秀が城の修復をした際に人夫が唄うとった歌に由来すると伝わっとって、歌詞にも『明智光秀丹波をひろめ』の一節が残っとるんどす。毎年8月には『福知山ドッコイセまつり』として、市民総出でこの音頭にあわせて踊る賑やかな夏の風物詩になっとります。
『どっこいせ、どっこいせ』いう威勢のええ掛け声を聞いとると、400年以上前の石運びの汗が、今も踊りの中に息づいとる気ぃがしますんえ。
📍行っ得メモ
・福知山城天守閣は福知山市字内記5番地、福知山駅から徒歩約15分どす
・開館時間は午前9時から午後5時(入館は午後4時30分まで)、入館料は大人360円・小中学生110円どす
・休館日は12月28日〜31日、1月4日〜6日どす(臨時休館もあるので要確認)
・駐車場は無料のゆらのガーデン駐車場(約70台)が使えますえ
光秀はんいうたら本能寺の変ばっかり注目されがちどすけど、福知山に来てみると、そのイメージがずいぶん変わりますんえ。わずか3年の治世で城と町の礎を築いて、今も名君として慕われとる姿は、なんや胸に沁みるもんがありますなあ。
福知山城の天守を眺めながら、YUTAKAをちびりとやるんも乙なもんどす。ひやりと冷やしたグラスに注いだ純米大吟醸は、キリッとした喉ごしの奥にほんのり甘みが広がって、戦国の世を駆け抜けた光秀はんの短くも凛とした生き様と重なるような、そんな味わいどすんえ。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 福知山城はいつ誰が築いたんどすか?
A. 福知山城は天正7年(1579年)、織田信長の命で丹波を平定した明智光秀が、西国攻略の拠点として築いた城どす。光秀は初代城主となり、娘婿の明智秀満を城代に置いて、丹波統治のかなめとしたんどす。
Q. 今の天守閣はいつ復元されたんどすか?
A. 明治6年の廃城令で天守は取り壊されてしもたんどすけど、市民の『瓦一枚運動』いう募金活動が実り、昭和61年(1986年)に大天守が復元されたんどす。三重四階の姿は、石垣に残る野面積みの上に今も堂々と建っとります。
Q. 御霊神社と明智光秀の関係は?
A. 御霊神社は宝永2年(1705年)に創建された神社で、光秀公も主祭神とともに祀られとるんどす。かつては光秀直筆の古文書をご神体としとった言われ、今も市の文化財に指定された文書が大切に伝えられとります。
Q. 福知山踊りは光秀と関係あるんどすか?
A. 福知山踊りで歌われる福知山音頭は、光秀が城の修復をした際に人夫が唄うとった歌に由来すると伝わっとります。毎年8月には『福知山ドッコイセまつり』として、市民総出でこの音頭にあわせて踊る賑やかな夏の風物詩どす。
京都 丹後