海の京都物語 第178話 伊根だけやのうて宮津にもあったんどす、阿蘇海のほとりにひっそり佇む漁村・溝尻の舟屋集落、天橋立を望む静かな里どすえ|日本酒YUTAKA(豊)
「海の京都物語」、今回で178話を数えることになりましたなあ。伊根町の舟屋群言うたら、もう全国に知られた京都・丹後の顔どすけど、実は同じ与謝の海沿い、宮津市内にも舟屋の残る集落があるのをご存じどしたか。
その名も溝尻(みぞしり)。天橋立を望む阿蘇海のほとりに、ひっそりと漁村の面影を残す小さな集落どす。伊根ほど大きゅう知られてはおへんけど、だからこそ今も昔ながらの静けさが残っとるんどす。今日はこの溝尻の舟屋を訪ねてみまひょ。
🏘️ 丹後郷土資料館のすぐそば、直線約500mの小さな集落
溝尻は、京都府立丹後郷土資料館から国道178号を阿蘇海の方へ向かった、直線距離にしてわずか約500mのところにある、とても小さな集落どす。集落には約40軒の舟屋が軒を連ねとって、今でも10軒から15軒ほどの方が漁業を続けてはるそうどす。
伊根の舟屋群のように観光地として整備されとるわけやのうて、あくまで暮らしの延長として舟屋が残っとる。せやからこそ、日本の漁村の原風景を今に伝える貴重な場所やと言われとるんどす。
🚣 平屋で母屋と離れとる、伊根とはひと味違う舟屋の姿
溝尻の舟屋は平屋建てで、住居として使われとることは少のうて、舟屋と母屋が隣接していないことがほとんどどす。舟や漁具をしまう、いわば実用一辺倒のつくりが多いんどす。伊根浦の舟屋が二階を居室として使う二階建てを主体とするんに対して、溝尻では舟や漁具を収納する仮設的な形式が混在しとって、建築の多様性があるとされとります。
海岸に引き上げた舟に雨風をよける簡単な屋根をかけたんが始まりとされる舟屋やけど、溝尻のものは、ほぼ家のかたちになった頃のまま、時代を経ても大きゅう変わらんと伝わっとるようどす。天橋立に面した白い砂浜に立ち並ぶその姿は、飾り気のない、けんど確かな存在感がありますなあ。
📜 平安時代の文献にも登場する、古い港の記憶
溝尻の歴史は古うて、文治四年(1188年)の年号を持つ経筒に「与謝郡拝師郷溝尻村」の記述が見られるほか、平安時代の文献にも「溝尻村」の名が出てくるそうどす。江戸時代の絵図にはすでに溝尻の舟屋が描かれとって、古くから阿蘇海沿いの漁村として続いてきたことが窺えますんや。
かつてはイワシ漁が盛んで、阿蘇海でとれる真イワシは「金樽鰯」と呼ばれ、後にはオイルサーディンの缶詰として全国に流通したこともあったそうどす。こうした歴史も評価されて、平成26年(2014年)には「宮津天橋立の文化的景観」の一部として、国の重要文化的景観に選定されとります。
🌊 朝5時に出て、6時半には戻る―今も続く漁の暮らし
溝尻では今も、朝5時ごろに舟屋を出て漁に向かい、6時半には戻ってこれるというほど、暮らしと海の距離が近いんどす。かつてはハマグリやヒイラギ(このあたりではシノハと呼ぶそうどす)、天然ウナギもようけ獲れたと伝わっとります。
ただし、溝尻の舟屋は非公開の集落どす。今も人が暮らし、漁をしてはる生活の場やさかい、訪れる際は「ちょっと見せてもろてる」いう気持ちを忘れんと、迷惑にならんよう静かに眺めさせてもらうのが礼儀どすえ。
📍行っ得メモ
・溝尻は京都府立丹後郷土資料館から国道178号沿い、直線約500mの小さな漁村集落どす
・約40軒の舟屋のうち10~15軒ほどで今も漁業が続けられとります
・「宮津天橋立の文化的景観」の一部として国の重要文化的景観に選定(平成26年)
・舟屋は非公開の生活空間、見学は外からそっと、静かに配慮を
伊根の舟屋群も見事どすけど、こうして宮津の街なかにひっそり残る溝尻の舟屋を知ると、丹後の海沿いにはまだまだ知らん風景が眠っとるんやなあと、しみじみ思わされますなあ。派手さはのうても、ここにも確かに海と生きてきた人らの暮らしが刻まれとるんどす。
そないな静かな漁村の空気を思いながら、純米大吟醸YUTAKA(豊)は常温か、ちょっと冷やしてぬる燗くらいでいただくのが良う似合います。ぐい呑みに注いで、口に含めば米の旨みがすっとひろがって、後味は淡くきれい。舟屋の板壁に射す夕陽や、阿蘇海の静かな水面を思い浮かべながら傾けたい、そんな一献どすなあ。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 溝尻の舟屋はどこにあるんどす?
A. 溝尻は京都府立丹後郷土資料館から国道178号を阿蘇海の方へ向かった、直線距離で約500mほどの小さな集落どす。天橋立を望む阿蘇海沿いにあって、約40軒の舟屋が今も軒を連ねとります。伊根町とは別に、宮津市内に残る舟屋集落として知られとるんどすえ。
Q. 伊根の舟屋とはどう違うんどす?
A. 伊根浦の舟屋は二階を居室として使う二階建てを主体としますが、溝尻の舟屋は平屋建てで住居としては使われず、母屋とも隣接していないことがほとんどどす。舟や漁具をしまう実用的なつくりが多く、仮設的な形式も混在しとって、建築のようすに違いが見られますんや。
Q. 溝尻の舟屋は見学できますんか?
A. 溝尻の舟屋は非公開の生活の場どす。今も人が暮らし、漁業を続けてはる集落やさかい、観光施設のように公開はされとりません。訪れる際は集落の暮らしを見せてもろてるという気持ちを忘れず、迷惑にならんよう外から静かに眺める配慮をお願いしますんや。
Q. 溝尻の歴史はどれくらい古いんどす?
A. 文治四年(1188年)の年号を持つ経筒に「溝尻村」の記述が見られるほか、平安時代の文献にもその名が出てくるそうどす。江戸時代の絵図にはすでに舟屋の姿が描かれとって、平成26年には「宮津天橋立の文化的景観」の一部として国の重要文化的景観にも選定されとります。
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