海の京都物語 第233話 光秀はんの焼き討ちにも負けんと甦った観音寺、関西花の寺第一番であじさいの後の静けさを訪ねてきましたんどす|日本酒YUTAKA(豊)

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 海の京都物語も第233話を数えましたんどす。福知山エリアでは福知山城の明智光秀はんや由良川の治水、大江山の鬼伝説など、いろんな物語を訪ねてまいりましたなぁ。

 今日はそんな福知山の中でも、静かな山あいにひっそり佇む古刹のお話どす。明智光秀はんに焼かれても甦った観音寺はん、関西花の寺第一番の札所として名高いあじさい寺を訪ねてきましたんえ。

🌿千三百年の歴史刻む法道仙人開創のお寺

 観音寺はんは養老4年(720年)、法道仙人によって開かれたと伝わる、約1300年の歴史を持つお寺どす。ご本尊の十一面千手観音菩薩は、法道仙人自らが彫刻して草堂にお祀りしはったと伝えられとります。

 応和元年(961年)には空也上人による中興があり、七堂伽藍が建立されたとされ、鎌倉時代には北条時頼はんや北条貞時はんの篤い帰依を受けて、25余りの塔頭が軒を並べる中本山として大いに栄えたそうどす。

🔥光秀はんの焼き討ちにも負けんと甦った本堂

 天正4年(1576年)、明智光秀はんによる焼き討ちで本堂は焼失してしもたと伝わっとりますが、天正7年(1579年)には再建され、今に姿を伝えとります。福知山城や御霊神社はんと同じ光秀はんゆかりの話でも、また違うた重みで胸に響く物語どす。

 境内にはせせらぎが流れ、木造炎髪不動明王立像をはじめとする国指定の文化財も伝わっとって、静かな山寺の風格をたっぷり感じさせてくれますんえ。

💠関西花の寺第一番、あじさい100種1万株

 観音寺はんは関西花の寺二十五霊場の第一番札所、また丹波西国三十三ヶ所観音霊場の第一番としても知られとります。梅雨時になると約100種1万株のあじさいが境内を埋め尽くし、「あじさい寺」の名で親しまれとるんどすえ。6月第4日曜には「あじさいまつり」も開かれますんや。

 9月末の今どきは、そのあじさいもとうに花を終えて、境内はしんと静まりかえっとります。青々とした木々の葉のあいまに、ほんの少し色づきかけたもみじがちらほら覗いて、これから始まる紅葉参詣を待っとるような、そんな静けさどすなあ。

🍁樹齢200年の古木が彩る紅葉参詣はこれから

 観音寺はんの紅葉参詣は例年11月10日頃から12月初めにかけて行われ、樹齢200年を超える古木が境内を彩るそうどす。初秋の今はまだその前触れの静けさどすけど、せせらぎの音だけが響く境内を歩くと、これから来る秋の盛りを想像するだけでも心が弾みますんえ。

 毎月28日には不動護摩祈祷が、2月11日には100年の伝統を持つ大護摩大祭も営まれるそうで、四季を通じて祈りの絶えんお寺なんどす。

📍行っ得メモ

・住所:京都府福知山市観音寺1067(山号は補陀落山)
・アクセス:JR山陰本線石原駅(いさえき)から徒歩約15分、福知山駅からバスで約15分、舞鶴若狭自動車道福知山ICから車で約5分
・見頃:あじさいは6月初旬〜7月初旬(最盛期6月18〜30日頃)、紅葉は11月10日頃〜12月初旬
・行事:6月第4日曜あじさいまつり、2月11日觀音寺大護摩大祭、毎月28日不動護摩祈祷
・札所:関西花の寺二十五霊場第一番、丹波西国三十三ヶ所観音霊場第一番

 あじさいの季節でも紅葉の季節でもない、その狭間の静かな観音寺はんを訪ねてみると、かえって1300年という歳月の重みがじんわり伝わってくるような気がしましたんどす。光秀はんに焼かれても、なお守り継がれてきたお寺の懐の深さに、ただただ頭が下がる思いどした。

 こないな静かな古刹を訪ねた帰り道には、常温よりちょっと冷やしたぐらいの純米大吟醸YUTAKAを、涼しげな片口とぐい呑みでいただくのがようお似合いどす。すっきりとした米の旨みが、せせらぎの音の余韻とともに喉をすっと通っていく、そんな一杯どすえ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 観音寺はんはどんなお寺どすか?
A. 京都府福知山市観音寺にあるお寺で、養老4年(720年)に法道仙人によって開かれたと伝わる約1300年の歴史を持つ古刹どす。関西花の寺二十五霊場第一番、丹波西国三十三ヶ所観音霊場第一番としても知られ、あじさい寺の名でも親しまれとります。

Q. あじさいの見頃はいつどすか?
A. 梅雨時の6月初旬から7月初旬にかけてが見頃で、最盛期は6月18日から30日頃どす。境内には約100種1万株のあじさいが植えられとって、6月第4日曜には「あじさいまつり」も開かれますんえ。今の時期(初秋)は花はすでに終わっとります。

Q. 明智光秀はんとの関わりはあるんどすか?
A. 天正4年(1576年)、明智光秀はんによる焼き討ちで本堂が焼失してしもたと伝わっとります。ただその後、天正7年(1579年)には再建され、今に姿を伝えとります。福知山城下の物語ともまた違うた、光秀はんゆかりの一面どすえ。

Q. アクセス方法を教えておくれやす。
A. JR山陰本線の石原駅(いさえき)から徒歩約15分どす。福知山駅からはバスで約15分、車やと舞鶴若狭自動車道の福知山インターチェンジから約5分の距離にあります。静かな山あいのお寺どすので、時間に余裕を持ってお出かけやす。

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