海の京都物語 第273話 綾部・位田の高城山に眠る戦国の山城どす、延徳の乱という一年戦争と蜘蛛の化身の言い伝えを訪ねてきましたんえ|日本酒YUTAKA(豊)

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 海の京都物語も綾部市シリーズ、気づけば273話を数えるようになりましたんどす。せやけど綾部の山には、まだまだうちらの知らん歴史がぎょうさん眠ってますんえ。

 今日おじゃまするんは、位田町にひっそり建つ高城山(212m)どす。山頂に残る位田城跡は、何鹿郡でも最大規模言われる山城の跡、秋の澄んだ空気の中、戦国の記憶をたずねてまいりましたんえ。

⛰️何鹿郡最大規模の山城どすえ

 位田城跡は京都府教育委員会の調べによりますと、何鹿郡で最大規模の城跡で、保存状態も良好やと記録されとります。丘陵全体を城域とした広大な遺構で、畝状竪堀いう珍しい防御施設が多用されとるんが特徴どすなあ。

 山頂は眺望がよう開けて、登山道もテープやロープで整備されとりますさかい迷う心配は少ないんどすが、季節によっては笹が伸びて藪漕ぎになるとこもあるそうどす。秋風に揺れる草の向こうに広がる由良川流域の眺めは、きっと格別どすやろなあ。

⚔️一年がかりの籠城戦「位田の乱」どすなあ

 延徳元年(1489年)、位田城に籠った荻野・大槻はんらが、丹波守護代やった上原豊前守・紀伊守の親子に反旗を翻さはったんどす。上原親子は但馬・摂津・備前はじめ十三ヶ国もの兵を集めて攻め寄せ、戦いは延徳二年まで、実に一年にもおよんだと伝わっとります。

 籠城側は最後、延徳二年の十一月に自ら城に火を放ったと記録に残っとります。これだけ大きな軍勢が集まった戦いが、この静かな山里で繰り広げられてたて、今の静けさからは想像もつかんことどすなあ。

🕸️地名の由来と蜘蛛の化身の言い伝え

 「位田」いう地名は、古代の位階制度にちなんどるそうどす。位階五位以上の人に与えられた田地を指す言葉が、そのまま地名として残ったんが由来や言われとります。

 高城山には、井倉の娘と高津の蜘蛛の化身にまつわる民話も伝わっとります。蜘蛛の化身が最後にこの山で命を終えるいう筋立てで、水の神と人との関わりを伝える古い信仰の名残がうかがえる話どすなあ。山道をたどりながら、そんな昔語りに耳を澄ませてみるんもよろしおすえ。

📍行っ得メモ

・所在地:京都府綾部市位田町(高城山・標高212m)
・登山道:テープ・ロープで整備済み、山頂付近は笹藪に注意
・見どころ:位田城跡の畝状竪堀と山頂からの眺望
・ひとこと:正式な登山口や駐車場の詳細は現地や観光協会で要確認どす

 戦国の世に一年も続いた籠城戦があったとは、普段何気のう眺めとる山にも、知らんかった物語がぎょうさん隠れとるもんどすなあ。静かな稜線に立つと、当時の兵たちの息遣いまで聞こえてきそうな気ぃがしますんえ。

 そんな一年戦争を生き抜いた山城に思いを馳せながら、今宵はYUTAKAを冷やでそっといただきますんどす。すっと喉を通る澄んだ米の旨みが、秋の夜風に火照った頬をほんのり鎮めてくれて、切子のグラスに注げば月明かりに揺れる滴まで愛おしゅうなりますんえ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 位田城跡はどこにありますか?
A. 京都府綾部市位田町にある高城山、標高212メートルの山頂に残る山城跡どす。京都府教育委員会の調査で何鹿郡でも最大規模の城跡とされ、畝状竪堀など遺構の保存状態も良好と記録されとります。登山道は整備されとりますが、笹藪区間もあるさかい歩きやすい装備でお出かけやす。

Q. 位田の乱とはどんな戦いどすか?
A. 延徳元年(1489年)、位田城に籠った荻野・大槻はんらが丹波守護代・上原豊前守、紀伊守の親子に反旗を翻し、但馬・摂津・備前など十三ヶ国の軍勢に攻められた籠城戦どす。戦いは延徳二年まで一年にもおよび、最後は籠城側が自ら城に火を放ったと伝わっとります。

Q. 高城山にはどんな伝説がありますか?
A. 井倉の娘と高津の蜘蛛の化身にまつわる民話が伝わっとります。蜘蛛の化身が最後にこの山で命を終えるいう筋立てで、水の神と人との関わりを伝える古い信仰の名残がうかがえる、ちょっと哀しい言い伝えどすえ。地名「位田」も古代の位階制度にちなむと言われとります。

Q. YUTAKAはどんな温度で楽しめますか?
A. YUTAKAは冷やでいただくと、すっと喉を通る澄んだ米の旨みが引き立ちますんえ。山歩きの後の火照った体にちょうどよう馴染んで、切子のグラスでいただけば、秋の夜風と一緒にゆっくり味わうひとときになりますどすえ。

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