海の京都物語 第309話 久美浜の砂丘から中国の貨幣「貨泉」が出た函石浜遺跡どすえ、弥生の浜辺はもう大陸と繋がっとったんどす|日本酒YUTAKA(豊)
海の京都物語も気づけばもう三百九話どす。久美浜湾のクルーズや琴引浜の鳴き砂、磯砂山の羽衣伝説など、京丹後市のあちこちを酒を片手に巡ってまいりました。
今回訪ねますんは、久美浜町湊宮の砂丘どす。観光案内にはあんまり大きく載らん場所どすけど、実はここ、二千年も前に海の向こうの大陸と繋がっとった証が眠る、えらい特別な浜なんどす。
🏖 砂丘に埋もれた弥生時代の集落
函石浜遺跡は、京丹後市久美浜町湊宮の、日本海に面した砂丘の上に広がる遺跡どす。弥生時代を中心にした集落跡とされとって、縄文時代の土器も一緒に見つかっとります。
採集された遺物の中には、銅鏃や土師器、須恵器、鉄鏃、石剣まであって、ここに長いこと人が暮らしとったことが伺えますんや。
🪙 海を渡ってきた「貨泉」という貨幣
中でも注目されとるんが、中国「新」王朝(西暦8年から24年)の王莽が鋳造した貨幣「貨泉」どす。周代の刀の形をした貨幣「明刀銭」や、皇朝十二銭も一緒に出土しとります。
貨泉言うたら、今から二千年近く前の中国の通貨どす。それが遠く離れた久美浜の砂浜から出てきたんやから、びっくりどすわ。
⚓ 港として海の向こうと結ばれとった湊宮
これだけ大陸ゆかりの品が集まっとるいうことは、函石浜一帯はただの漁村やのうて、日本海を渡る船が立ち寄る港としての役割を持っとったんやないかと考えられとります。
弥生の人らが、今のわてらと同じように海を見つめて、遠い国からの便りを待っとったんかもしれしまへんなぁ。
🌊 今も変わらん日本海の砂浜
今、函石浜があったあたりの浜に立つと、目の前にはただただ日本海の青い海と白い波が広がるだけどす。観光客で賑わう小天橋のすぐそばにありながら、ここだけ時間がゆっくり流れとるような気がします。
二千年前の人らが見たんもきっと、こないな海やったんやろなぁと思うと、なんや不思議な気持ちになりますんや。
📍行っ得メモ
・最寄り駅は京都丹後鉄道「小天橋駅」どす(湊宮エリアまで車で約5分)
・函石浜遺跡そのものの現地案内板や公開状況は変わる場合があるため、訪問前に京丹後市教育委員会や観光案内へのご確認をおすすめします
・すぐそばの小天橋海水浴場は夏場に賑わうスポットどす
二千年の時を超えて届いた「貨泉」いう小さな銅銭には、久美浜の浜がずっと昔から海の向こうと繋がっとったいう、えらいロマンのある話が刻まれとります。次に湊宮の浜を歩くときは、ちょっと遠い大陸のことも思い浮かべてみとくれやす。
そないな悠久の物語を肴に、YUTAKAはやっぱり冷やでキリッと、少し背の高いガラスの酒器でいただくのがようございます。口に含めば、日本海の潮風を思わせる涼やかな香りがすっと鼻に抜けて、二千年前の海を渡ってきた人らに思いを馳せる、静かなひとときになりますんやで。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 函石浜遺跡ってどこにあるん?
A. 京丹後市久美浜町湊宮にある、日本海に面した砂丘上の遺跡どす。弥生時代を中心にした集落跡とされ、縄文土器や石剣なども見つかっとります。夏に賑わう小天橋海水浴場のすぐ近くのエリアにあたりますんや。
Q. 貨泉ってどんな貨幣どすか?
A. 中国「新」王朝(西暦8年から24年)の王莽が鋳造した銅銭どす。周代の刀形貨幣「明刀銭」や皇朝十二銭も一緒に出土しとって、二千年近く昔の久美浜が大陸と繋がっとった証拠として注目されとります。
Q. 遺跡は実際に見学できますか?
A. 函石浜遺跡は京丹後市久美浜町湊宮の砂丘一帯に広がる遺跡どす。常設の資料館などの詳しい公開情報は確認できまへんでしたので、訪ねはる前には京丹後市教育委員会や観光案内に現地の状況を問い合わせてもらうのが安心どすえ。
Q. YUTAKAはどないな温度で飲むのがええ?
A. 冷やしてキリッと飲むんがおすすめどす。背の高いガラスの酒器に注げば、日本海の潮風を思わせる涼やかな香りが引き立ちますんで、函石浜の悠久の物語に思いを馳せながら、ゆっくり味わってもらいたいどす。
京都 丹後