海の京都物語 第327話 藤孝はんが一番はじめに城構えしはった八幡山と、大手橋としらかべのみちを辿る宮津城下町のもうひとつの物語どす|日本酒YUTAKA(豊)

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 「海の京都物語」も気がつけば327話どす。これまで天橋立の股のぞきや智恩寺の九世戸縁起、籠神社・眞名井神社の由緒、与謝海に浮かぶ舟屋集落など、宮津市のあちこちをご紹介してきましたんえ。

 せやけど今日お連れしたいんは、観光パンフレットにはまず載らへん、宮津城下町のすぐ裏手にひっそり眠る「もうひとつの城」の話どす。細川藤孝(幽斎)はんが丹後に入って、いの一番に腰を据えはった八幡山城跡と、城下町に今も残る大手橋・しらかべのみちを歩いてみますんえ。

⛰️藤孝はんが最初に構えた八幡山城

 天正8年(1580年)、織田信長はんの命を受けて丹後に入った細川藤孝・忠興父子は、まず八幡山城に腰を据えはったんどす。宮津湾に面した新しい城、のちの宮津城はまだこれからという段階どしたんえ。

 信長はんが藤孝はんに宛てた黒印状には、「明智光秀と相談して堅固に築くように」という趣旨が記されとったと伝わりますんえ。光秀はんいうたら忠興はんの妻・玉(後のガラシャ)の父親どすさかい、二人は単なる同僚やのうて縁戚でもあったんどす。

 八幡山城は宮津城跡の南東にそびえる山の上にあり、藤孝はんの時代に積まれたという石垣が、今も山頂にひっそり残っとるそうどす。城下町の喧騒から少し離れた山肌に立つと、戦国の緊張がまだ土の匂いとして残っとるような、そんな気ぃがしますんえ。

🌉大手橋・大手川に架かる石のアーチ

 宮津城の西側の堀として使われた大手川には、かつて木造の橋が架かっとりました。明治19年(1886年)、栗田トンネルの掘削で出た石を使うて、三連の石造アーチ橋に架け替えられたんが今の大手橋どすんえ。

 城の面影はほとんど消えてしもうても、この橋だけは今も市民の生活道として現役どす。朝に夕に行き交う人の足音を受け止めながら、140年近う大手川を跨ぎ続けとる石橋の佇まいは、なんや頼もしゅう見えますんえ。

🚶しらかべのみち、水害から生まれた散歩道

 2004年の台風23号は丹後一帯に大きな被害をもたらしましたんえ。大手川沿いの護岸も被災しましたんやけど、その復旧にあわせて白壁を活かした遊歩道が整備され、市民公募で「しらかべのみち」と名づけられましたんどす。

 川面に映る白壁を眺めながらそぞろ歩いとると、かつてここが宮津城の堀やったこと、藤孝はんたちがこの水辺を見渡しとったことを、つい忘れてしまいそうになりますんえ。水害という試練から、新しい散歩道が生まれたいう話も、なんやしみじみしますわ。

📍行っ得メモ

・八幡山城跡は宮津城跡の南東にある山上に位置し、藤孝はんの時代の石垣が一部残るとされていますが、登山道の整備状況は宮津市教育委員会などに事前確認をおすすめしますんえ
・大手橋としらかべのみちは宮津市街地の大手川沿いにあり、散策は自由どす
・京都丹後鉄道「宮津駅」から大手川沿いまでは徒歩圏内どす
・天橋立や智恩寺からも足を延ばしやすい立地どすんえ

 天橋立や智恩寺ほど知られてへんけど、城下町の足元にはこうして戦国の記憶が静かに息づいとるんどす。八幡山から大手橋、しらかべのみちへと歩く道のりは、派手やないけど、宮津いう町の奥行きを教えてくれる気がしますんえ。

 散策のあとは、ぬる燗に温めたYUTAKAを、ちろりからぐい呑みへ。石垣や石橋のようにどっしりとした米の旨みと、しらかべのみちの水面のようにすっと澄んだ後口が、歩き疲れた躰にじんわり染み渡りますんえ。藤孝はんたちも、きっとこないな静かな一献を好まはったんやないかと、勝手に想像してしまいますわ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 八幡山城跡はどこにあるんどすか?
A. 宮津城跡の南東にそびえる山の上にあり、細川藤孝はんが丹後に入った天正8年(1580年)に最初に腰を据えたお城どす。藤孝はんの時代に積まれたと伝わる石垣が山頂に一部残っているとされていますが、整備状況は宮津市教育委員会などへの事前確認をおすすめしますんえ。

Q. 大手橋はいつ頃できた橋どすか?
A. 今の大手橋は明治19年(1886年)に架けられた三連の石造アーチ橋どす。もとは木造の橋どしたが、宮津城の堀だった大手川の改修にあわせて、近くの栗田トンネル工事で出た石を使い石橋に架け替えられたと伝わっていますんえ。

Q. 細川藤孝はんとはどんな人物どすか?
A. 戦国武将で歌人・学者としても知られる人物どす。天正8年(1580年)に信長はんの命で丹後に入り、まず八幡山城に腰を据えてから宮津湾に面した宮津城を築きはりました。息子・忠興はんの妻は、明智光秀の娘でのちのガラシャどす。

Q. 散策のあとYUTAKAはどう愉しむのがええどすか?
A. 石垣や石橋をイメージして、ぬる燗にしたYUTAKAをちろりからぐい呑みへ移していただくのがおすすめどす。どっしりとした米の旨みと、しらかべのみちの水面みたいに澄んだ後口が、歩き疲れた躰にじんわり染み渡りますんえ。

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