海の京都物語 第370話 丹後の崖に眠る十三基、大成古墳群の群集えどす|日本酒YUTAKA(豊)
海の京都物語もはや370話を数え、丹後町だけでも神明山古墳や立岩、間人ガニに磯砂山の羽衣伝説と、ぎょうさんの物語を紡いでまいりましたなあ。今日はその丹後町の中でも、まだお話しできてへんかった高台の古墳群へご案内しますえ。
十月も半ばを過ぎ、日本海からの風もいよいよ澄んで、遠くの水平線まではっきり見える季節になりましたな。そんな秋の一日、竹野海水浴場からほど近い崖の上に眠る「大成古墳群」を訪ねてみましたんどす。
🪨丹後町竹野に残る十三基の群集墳
大成古墳群は、京丹後市丹後町竹野の、日本海を見下ろす断崖の上に築かれた古墳群どす。横穴式石室を内部に持つ古墳が全部で十三基確認されており、京丹後市の指定史跡になっとります。
築かれたのは古墳時代後期、六世紀末から七世紀初めにかけてのことやそうどす。石室には、このあたりで採れる柱状節理の安山岩が使われとって、地元の石を使うた土木の技が偲ばれますなあ。
💍石室から出てきた装身具と鉄器
石室の中からは、須恵器や土師器といった土器類のほか、刀剣や鉄鏃などの鉄器も見つかっとります。それだけやのうて、碧玉製の管玉、瑪瑙製の勾玉、ガラスの小玉、金環(耳飾り)いうた装身具もぎょうさん出土したそうどす。
こないな副葬品が揃うとるいうことは、ただの庶民のお墓やのうて、この一帯を治めとった有力者一族のお墓やったんやないかと考えられとります。十三基も連なって眠る様子を思い浮かべると、代々この丹後の地を守ってきた一族の歴史が、静かに伝わってくるようどすなあ。
⛵古代丹後と日本海交流のつながり
この時代の丹後には、潟湖(ラグーン)があって良港として栄えとったと考えられており、古代丹後の人らは農耕だけやのうて、環日本海の舟運とも深く関わっとったとみられとります。大成古墳群が、わざわざ海を見下ろす崖の上に築かれとるんも、海との結びつきを物語っとるんかもしれしまへんな。
秋の澄んだ空気の中、崖の上から日本海を眺めとると、千数百年前の人らも同じようにこの海を見つめ、舟の行き来を見守っとったんやろかと、ふと想像が広がりますえ。
🍂今は公園として整備された展望の地
現在、大成古墳群のあたりは公園として整備されとって、展望台も設けられとります。竹野海水浴場の賑わいとは違う、静かで凛とした空気が流れる場所どす。
秋も深まってきたこの時期は、夏の人出もひいて、日本海の青と空の色がよう映える、落ち着いた時間を過ごせますえ。
📍行っ得メモ
・所在地は京丹後市丹後町竹野、竹野海水浴場近くの高台どす
・横穴式石室を持つ古墳十三基からなる京丹後市指定史跡どす
・古墳時代後期(六世紀末〜七世紀初め)の築造で、現在は公園・展望台として整備されとります
千数百年もの間、海を見下ろす高台で静かに眠ってきた十三基の古墳。華やかな伝説とはまた違う、丹後の人らの暮らしと祈りの積み重ねを感じる場所どした。こないな場所にこそ、古代丹後王国の奥深さが詰まっとるんやないかと、しみじみ思いましたえ。
そないな古の記憶に思いを馳せながら、夜にはYUTAKAを一杯。きりっと冷やした酒器に注いで、十度前後の冷やでいただくと、丹後の秋の澄んだ空気そのままに、すっと喉を通る涼やかな香りが広がりますんどす。古墳の石室で眠っとった装身具の静かな輝きと、YUTAKAの透き通った味わいが、どこか重なるような気がしますえ。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 大成古墳群はどこにありますか?
A. 京丹後市丹後町竹野にあり、竹野海水浴場の東側、日本海を見下ろす断崖の上の高台に築かれとります。現在は公園として整備されとって、展望台からは秋の澄んだ日本海を一望できる、静かで眺めのよいスポットどす。
Q. 大成古墳群はいつ頃築かれましたか?
A. 古墳時代後期、六世紀末から七世紀初め頃にかけて築かれたと考えられとります。横穴式石室を内部に持つ古墳が十三基確認されとる群集墳で、石室には地元で採れる柱状節理の安山岩が使われとり、京丹後市の指定史跡になっとります。
Q. どんな出土品がありますか?
A. 須恵器や土師器などの土器類、刀剣や鉄鏃といった鉄器のほか、碧玉製の管玉、瑪瑙製の勾玉、ガラス小玉、金環(耳飾り)といった装身具が見つかっとります。これらから、地域を治めた有力者一族の墓と考えられとります。
Q. 古代丹後王国とはどんな存在ですか?
A. 丹後には当時、潟湖を活かした良港があり、農耕だけやのうて環日本海の舟運とも深く関わっていたと考えられとります。大成古墳群のように海を見下ろす高台に古墳が築かれとるんも、海との結びつきの深さを物語っとるんやないかと言われとります。
京都 丹後