海の京都物語 第386話 宮津城下にひっそり佇む二つの稲荷はん、大手川のしらかべのみちに隠れた戦国の哀しい言い伝えどすえ|日本酒YUTAKA(豊)

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 「海の京都物語」、今回で386話どす。ここまで天橋立の絶景や智恩寺はんの文殊さん、上世屋の棚田や舟屋の集落なんかを、ようけ巡ってきましたなぁ。

 せやけど宮津はんの奥には、天橋立だけやのうて、宮津城下町にひっそり眠る城跡や、小さなお稲荷はんに伝わる怖い言い伝えも残ってますのや。今日はそっちの方を、ゆっくり歩いて巡ってみまひょか。

🏯宮津城、戦国の終わりに燃えた城どす

 宮津城は天正8年(1580年)、細川藤孝(幽斎)はんが宮津湾に面した大手川の河口、鶴賀の地に築いたお城どす。関ヶ原合戦前の慶長5年(1600年)、藤孝はんは自ら城を焼き払うて田辺城(今の舞鶴)に籠城しはり、西軍の足止めに一役買わはったと伝わってますのや。

 その後、京極高知はんが田辺城から宮津城に移って大改修をし、高知はんが元和8年(1622年)に亡くならはった後は、跡を継いだ京極高広はんが工事を続け、寛永2年(1625年)頃に近世のお城として完成したそうどす。

 今は本丸や二の丸の跡は市街地になってしもて、宮津駅や宮津警察署の下に、堀や石垣がひっそり眠ってますのや。宮津駅は大正12年(1923年)の開業どすけど、その真下には幅22mほどもあった内堀が眠ってるて聞くと、何気のう通る駅前も、ちょっと見え方が変わってきますなぁ。

🦊一色稲荷、滅びた一族の祟り封じどす

 宮津城跡の近くには、小さな「一色稲荷」はんが祀られてますのや。中世の丹後国の守護やった一色氏の当主・義定はんは、細川藤孝はんの娘の伊也はんと結婚して奥丹後を治めてはりました。

 せやけど本能寺の変の後の山崎の戦いで、義定はんは明智光秀はん側についてしまわはって、そのせいで後に細川忠興はんの家臣らに、謀略で討たれてしまわはったんどす。この事件をきっかけに、丹後一色氏は滅びてしまいましたんや。

 人々は滅びた一族の祟りを恐れて、小さな祠を建てて鎮めたんが、一色稲荷の始まりやと伝わってますのや。今もひっそりと城下の一角に立ってはる祠に手を合わせると、戦国の終わりの切のうなる話を、静かに教えてくれるような気ぃがしますなぁ。

🍽菊姫稲荷に伝わる「丹州皿屋敷」どす

 大手川に架かる大膳橋のたもとには、「菊姫稲荷」はんが祀られてますのや。お皿を「1ま〜い、2ま〜い」と数えるお菊さんの幽霊で知られる「番町皿屋敷」や「播州皿屋敷」。あの有名な怪談話のルーツの一つが、ここ宮津に伝わる「丹州皿屋敷」やとも言われてますのや。

 古い絵図と重ね合わせてみると、菊姫稲荷が建つ土壇は、宮津城の波路口にあった枡形虎口を囲む石塁の一部やったようどす。お城の守りの要やった場所に、今も小さな祠がひっそり残ってますのや。

 夕暮れどき、大手川のせせらぎを聞きながら祠の前に立つと、お菊さんの悲しい声が、川音に混じって聞こえてきそうな、そんな気ぃにさせられますなぁ。

🌊大手川と「しらかべのみち」、よみがえった水辺どす

 平成16年(2004年)の台風23号で、大手川は大きな水害に見舞われましたんや。その後、京都府と宮津市が河川激甚災害対策特別緊急事業として改修工事に取り組み、平成18年(2006年)5月に着工、約5年かけて平成23年(2011年)3月に竣工式が行われましたんどす。

 かつて宮津城の城壁があった区間には、「しらかべのみち」という愛称がつけられてますのや。地元の幼稚園から中学生までを対象に愛称を募集して、夏の「宮津キャッスルハッスル」いうイベントの来場者投票で決まったんやそうどす。この一連の取組みは、国土交通大臣表彰の「手づくり郷土賞」にも選ばれてますのや。

 川沿いをてくてく歩いてると、白壁の道しるべの石碑にふと出くわして、ここがかつてお城の守りやったことを、ふっと思い出させてくれますのや。水害を乗り越えてよみがえった川は、今日も静かに宮津の町を流れてますなぁ。

📍行っ得メモ

・一色稲荷・菊姫稲荷はいずれも宮津市街地の大手川周辺にあり、JR宮津駅から徒歩圏内どす
・菊姫稲荷は大手川に架かる大膳橋のたもと、一色稲荷は宮津城下町エリアに祀られてますのや
・「しらかべのみち」は大手川沿いの遊歩道で、散策しながら城下町の痕跡をたどれますのや
・いずれも小さな祠・史跡で観光施設のような営業時間はないため、お参りの際は静かにそっとが宮津流どす

 天橋立の絶景だけやのうて、こんな風に城下町にひっそり眠る哀しい言い伝えを辿ってみるんも、宮津の奥深さを知る、ええ旅になりますのや。

 そんな宮津の夜は、冷やした純米大吟醸YUTAKAを、すっと薄づくりのガラスの酒器でいただくのがようおすえ。磨き抜かれた米の澄んだ香りと、すっきりとした喉ごしが、城下町に眠る戦国の哀しい話をそっと流し込んでくれますのや。ひんやりとした一杯が、昼間の散策の余韻を、静かに締めくくってくれますなぁ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 一色稲荷はどこにありますか?
A. 一色稲荷は、中世丹後国の守護やった一色氏の当主・義定はんにまつわるお社どす。義定はんは明智光秀方について山崎の戦いの後、細川家臣に謀殺され、丹後一色氏は滅亡しました。その祟りを恐れて建てられたんが始まりと伝わり、宮津城下町エリアにひっそりと祀られてますのや。

Q. 菊姫稲荷の皿屋敷伝説とは何どすか?
A. 大手川の大膳橋のたもとにある菊姫稲荷には、「丹州皿屋敷」という言い伝えが残ってますのや。お皿を数える幽霊で知られる「番町皿屋敷」や「播州皿屋敷」といった有名な怪談のルーツの一つとも言われており、宮津城の石塁跡とも重なる、歴史と怪異が交わる場所どす。

Q. しらかべのみちとはどんな道どすか?
A. しらかべのみちは、大手川沿いにあるかつての宮津城の城壁区間にちなんだ散策路どす。平成16年の台風23号による水害からの復旧工事を経て整備され、地元の子どもたちの投票で愛称が決まり、国土交通大臣表彰の手づくり郷土賞も受賞してますのや。宮津駅から歩いて城下町散策が楽しめますのや。

Q. 日本酒YUTAKAはどう味わうのがようおすか?
A. 宮津城下町の静かな夜には、よう冷やした純米大吟醸YUTAKAを、薄づくりのガラスの酒器でいただくのがおすすめどす。磨き抜かれた米の澄んだ香りとすっきりした喉ごしが、城跡や祠に残る戦国の物語の余韻を、そっと静かに引き立ててくれますのや。

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