海の京都物語 第482話 和名抄にも載る物部郷の氏神はん、千二百年の歴史刻む式内社・須波伎部神社へ静かにお参りしておくれやすえ|日本酒YUTAKA(豊)

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 「海の京都物語」第482話どす。綾部市ではこれまで、大本さんの神苑や黒谷和紙、綾部バラ園、弥仙山の金峰神社など、いろんな場所をご紹介してきましたなぁ。今日お訪ねするんは、そのどれとも違う、地元の方でもあんまり知らはらへんかもしれん、物部町にひっそり鎮まる古いお社どす。

 その名も須波伎部神社(すはきべじんじゃ)。平安時代の法律書『延喜式』にその名が載る、由緒正しい「式内社」どす。千年以上も前から、この土地の人らを見守ってきはった神さんのお話、京都弁でゆっくりさせてもろてよろしいでっしゃろか。

⛩️式内社・須波伎部神社って、どんなお社どす?

 須波伎部神社は、丹波国何鹿郡の式内社として『延喜式』神名帳(927年成立)に名前が記されとるお社どす。社伝によりますと、大同2年(807年)に須波伎山へ建てられたと伝わっとります。江戸時代までは「簀掃明神」「日光大明神」とも呼ばれとったそうで、現在の本殿は元和9年(1623年)に建てられ、元文4年(1739年)に改築されたと伝わっとります。

 祭神は大日孁貴尊(おおひるめむちのみこと)。古くは「物部簀掃神」として祀られとったと考えられており、『三代実録』の貞観11年(869年)12月8日の条には、丹波国の物部簀掃神が従五位下の神階を授けられたという記録が残っとります。千年以上前の都の記録に、この小さな神社の名前が載っとるて、なんや不思議な気ぃがしますなぁ。

🌾物部郷と物部氏、この土地の名前の由来

 物部町という地名は、平安時代の辞書『和名抄』に見える「物部郷」の名残やとされとります。古代、この一帯には朝廷の軍事氏族として知られる物部氏ゆかりの人々が暮らしとったと考えられ、須波伎部神社はその氏神やったとも伝わっとります。室町時代の安国寺文書(寛正2年・1461年)にも「物部郷」の名が見え、何鹿郡の中で古い郷名を今に伝える、数少ない土地のひとつどす。

🗿薬師さんと、古墳が見守る静かな境内

 境内には、かつて神宮寺やった中谷山天慈院に伝わる薬師如来坐像が安置されとり、室町時代中期頃の作とされとります。神さんと仏さんが一緒に祀られてきた、神仏習合の歴史もそっと感じられる場所どす。社殿からちょっと西へ歩いた丘の上には、全長35.5メートルの前方後円墳「須波伎東古墳」をはじめ、未調査のものも多い古墳群が点在しとって、この土地が古くから拓かれとった証やと言われとります。

 一の鳥居をくぐって枕木の階段を登っていくと、檜皮葺の本殿には見事な彫り物が残っとりますが、長い年月を経て色褪せた部分もあるそうどす。新緑の頃には参道がことのほか美しいと、訪れた方は口を揃えて言わはります。苔むした狛犬や灯籠が、積み重なった時間の長さを静かに物語っとりますなぁ。

📍行っ得メモ

・所在地は京都府綾部市物部町中谷(物部集落の南端、山裾に鎮座)
・社殿前に車を停められるスペースがありますが、参道は土の斜面に枕木を敷いた階段のため雨天時は足元にご注意を
・公共交通機関でお越しの際の所要時間等は綾部市観光協会などへ事前にご確認くださいませ(要確認)
・境内は無人どすので、静かにお参りを
・近くには私市円山古墳など他の古墳群もあり、合わせて古代史散策もおすすめどす

 千二百年近い歴史を静かに刻んできた須波伎部神社。華やかな観光地やあらしまへんけど、こういう場所にこそ、綾部の奥深さが詰まっとる気ぃがします。物部郷の人らが大切に守ってきはったこの神さんに、ちょっと手ぇ合わせるだけでも、何や心がすっと落ち着く、そんなお社どした。

 お参りを終えたら、ちろっと一献。古いお社の静けさには、純米大吟醸YUTAKAをぬる燗にして、ぽってりした盃でいただくのがようお似合いどす。ゆっくり温めると、お米の甘みがふわっと開いて、千年を超える由緒を噛みしめるような、しみじみした味わいになりますえ。物部郷の歴史に思いを馳せながら、静かな時間をお過ごしくださいませ。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 須波伎部神社とはどんな神社どすか?
A. 京都府綾部市物部町にある式内社で、平安時代の法律書『延喜式』神名帳に名前が記された古いお社どす。社伝では大同2年(807年)の創建と伝わり、『三代実録』にも物部簀掃神として記録が残っとります。古代の物部郷の氏神やったと考えられとります。

Q. いつ頃に建てられたお社どすか?
A. 社伝では大同2年(807年)に須波伎山へ建てられたと伝わっとります。現在の本殿は元和9年(1623年)の建立、元文4年(1739年)に改築されたと伝わり、江戸時代までは「簀掃明神」「日光大明神」とも呼ばれとったそうどす。

Q. 境内にはどんなものがありますか?
A. かつて神宮寺やった中谷山天慈院に伝わる、室町時代中期頃とされる薬師如来坐像が安置されとります。また社殿から西へ少し歩いた丘の上には前方後円墳「須波伎東古墳」があり、周辺には未調査のものも含め古墳群が点在していて、古くから拓けた土地やったことがうかがえますえ。

Q. 参拝する時の注意点はありますか?
A. 参道は土の斜面に枕木を敷いた階段で、雨の日はぬかるみやすいので足元にご注意を。境内は無人どすので静かにお参りを。社殿前には車を停めるスペースがありますが、公共交通でお越しの際の所要時間などは事前に綾部市観光協会等へご確認いただくのが安心どす(要確認)。

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