第71話京極家十二代、峰山藩の面影を訪ねて|日本酒YUTAKA(豊)
海の京都物語も第71話どす。前回は久美浜町の神谷太刀宮神社にお参りしましたけど、今回は京丹後市シリーズの原点、峰山町へ戻ってまいりました。第62話では丹後ちりめんと金刀比羅神社の狛猫はんをご紹介しましたけど、実は峰山町にはもうひとつ、あんまり知られてへん「殿様の町」としての顔があるんどす。今日はそこを、じっくり歩いてみましょう。
🏯峰山陣屋跡、丹後で唯一残った藩の本拠地
峰山町吉原にひっそりと残る峰山陣屋跡は、元和8年(1622年)に京極高通(きょうごくたかみち)が築いた、峰山藩1万3千石の藩庁跡どす。中世の山城「吉原山城」の東麓に構えられ、今は畑地になっとりますけど、南西部には当時の虎口の石垣がしっかり残っとります。実はこの峰山藩、丹後国内にあった宮津藩・田辺藩・峰山藩の三つの京極家のうち、改易や転封に遭わんと江戸時代を通してずーっと残った、たったひとつの藩なんどす。
⚔️京極家十二代、明治維新まで
初代高通は、丹後一国を治めた宮津城主・京極高知の養子で、高知が亡くなった後にその遺領から一万石あまりを分けてもろて峰山藩を立てはりました。それから京極家は十二代にわたって峰山を治め続け、明治4年(1871年)の廃藩置県で峰山県となるまで、実に約250年もの間この地を守り続けはったんどす。城下町いうても石高の小さい藩どしたけど、その分「潰れんと続く」いう強さがあったんやなあと感じます。
🙏常立寺、殿様が静かに眠る場所
陣屋跡からほど近い峰山町吉原には、京極家の菩提寺・常立寺がおます。もとは天文24年(1555年)創建の真言宗寺院どしたけど、初代高通の入部にあわせて現在地へ移され、浄土宗に改宗しはったんどす。約3000坪の境内には、初代から続く歴代藩主とその縁者の墓石がずらりと並ぶ大名墓所があって、京都府指定文化財(史跡)にも指定されとります。近世大名墓所としての保存状態の良さは、京都府内でも屈指と評されとるんどすえ。
📍行っ得メモ
・峰山陣屋跡:京都府京丹後市峰山町吉原馬坊 (現況は畑地・私有地のため見学は周辺道路から。石垣・土塁が一部現存)
・常立寺(京極家墓所):京都府京丹後市峰山町吉原68
・アクセス:京都丹後鉄道「峰山駅」から陣屋跡まで直線約1.8km(車で約5分)
・常立寺は現役の寺院どすので、境内参拝の際は静かにマナーを守ってお参りください
・詳細は京丹後市観光公社「京丹後ナビ」でも確認できます
🍶YUTAKAを一杯
陣屋跡の石垣に手を触れて、常立寺で十二代分の墓石を見上げると、小さな藩がひとつも途切れんと明治まで続いた重みをふっと感じるんどす。夕暮れどき、宿に戻って盃を傾ける一杯は、やっぱり純米大吟醸YUTAKA。凛とした山田錦の香りと、すっと喉を通る澄んだ味わいが、代々受け継がれてきたもんの静かな強さと重なる気がしましたわ。峰山の殿様が守り抜いた城下町に、今も脈々と続く丹後の酒造りの誇りを重ねて、ゆっくり味わうてほしいどす。
小さいながらも途切れんと続いた峰山藩の物語と、今も静かに佇む陣屋跡と常立寺。京丹後市シリーズ、次はどの町へ向かいましょう。
ほな、また次回の京丹後市シリーズでお会いしましょう🏯
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 峰山陣屋跡はどこにあって、今も見学できるんどすか?
A. 京都府京丹後市峰山町吉原馬坊にあります。元和8年(1622年)に峰山藩初代藩主・京極高通が築いた藩庁の跡どす。現在は畑地になっとって建物は残っとりませんが、南西部には当時の虎口の石垣が一部現存しとります。私有地に近いため、見学は周辺道路からそっと眺める形になります。
Q. 峰山藩はどんな藩やったんどすか?
A. 丹後国内には宮津藩・田辺藩・峰山藩と三つの京極家系の藩がありましたけど、改易や転封に遭わず江戸時代を通してずっと残ったのは峰山藩だけどす。石高は1万3千石と大きくはなかったものの、京極家が十二代にわたって治め、明治4年(1871年)の廃藩置県まで存続しはりました。
Q. 常立寺の京極家墓所は誰でもお参りできるんどすか?
A. 常立寺は京都府京丹後市峰山町吉原にある現役の浄土宗寺院で、京極家歴代の墓所は京都府指定文化財(史跡)にも指定されとります。境内は一般の方も参拝可能どすが、現役のお寺で地域の方の菩提寺でもありますので、静かにマナーを守ってお参りください。
Q. 峰山を巡ったあと、YUTAKAはどんな風に楽しむのがおすすめどすか?
A. 歴史散策で少し肌寒くなった夕暮れどきなら、常温か軽く冷やしてグラスや盃でゆっくり味わうのがおすすめどす。凛とした山田錦の香りとすっきりした後味が、代々受け継がれてきた歴史の重みを味わった後の静かなひとときによう合いますえ。峰山の郷土料理や、丹後の海の幸と合わせるのもおすすめどす。
京都 丹後