海の京都物語 第159話 のこぎり屋根に刻まれた糸の記憶、丹後ちりめん歴史館で八丁撚糸機と職人技に出会うてきましたんえ|日本酒YUTAKA(豊)

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 海の京都をめぐるこの物語も、おかげさまで159話目を数えましたんえ。丹後半島のあちこちを訪ねてきましたが、今回はちりめん街道の町並みからちょっと足を延ばして、与謝野町字岩屋にある「丹後ちりめん歴史館」をたずねてみますんや。

 ちりめん街道の商家の町並みも見応えがおしたけど、今日は町並みやのうて、丹後ちりめんいう織物そのものの歴史と技を伝える資料館の話どす。実際に糸を紡いどった建物のなかに、じっくり浸ってきましたえ。

🏭 のこぎり屋根が語る明治の工場

 丹後ちりめん歴史館の建物は、明治30年代に丹後で最初期の織物工場のひとつとして建てられたもんどす。昭和2年に丹後地方を襲うた丹後大震災で大きな被害を受けましたが、昭和10年に再建され、今もその姿を残しとります。

 特徴的なんは、屋根が三角形をいくつも連ねた「のこぎり屋根」いう形になっとることどす。北側からの安定した光を工場内に取り込むための工夫で、昭和初期の織物工場建築の面影をそのまま伝える貴重な建物どすんえ。

 実際に中へ入ってみると、天井の高さと差し込む光の角度に、思わず息をのみましたんや。ここでほんまに糸が紡がれ、生地が織られとったんやと思うと、静かな空間がぐっと重みを増して感じられましたえ。

🧵 享保から続く丹後ちりめんの技

 丹後ちりめんの始まりは、享保5年(1720年)頃にさかのぼるいわれとります。峰山の絹屋佐平治(のちの森田治郎兵衛)いう人が、京都・西陣の機屋に奉公に入って織りの技法やシボの出し方を研究し、その秘法を丹後に持ち帰ったんが始まりどす。

 その後、峰山藩の後押しもあって技術は丹後全域に広まり、300年余りを経た今も一大産地として続いとります。この歴史館は、そんな長い年月の技の蓄積を、建物ごと今に伝える場所いうわけどすな。

 300年いう時の長さを、資料館の展示や道具のひとつひとつから感じ取れるんは、なかなか得難い経験どした。

🪡 八丁撚糸機と400種のシルク

 館内には約400種にものぼるシルク製品が並んどりますが、なかでも見逃せんのが、実際に織物現場で使われとった織機や撚糸機の展示どす。丹後ちりめん独特のあの「シボ」を生み出す技術革新のあかしいわれる、貴重な「八丁撚糸機」も間近に見られますんえ。

 糸に強い撚りをかけるための機械やそうですが、複雑に組まれた木の骨組みを見とると、職人さんが試行錯誤を重ねてきた歴史がそのまま形になっとるようで、しばらく見入ってしまいましたわ。

🛍️ 白生地と手仕事の今

 歴史館では見るだけやのうて、白生地やちりめんの小物、シルク製品の販売も行われとります。手織りでコースターを作る体験もできるそうで、昔ながらの技を自分の手で確かめられるんも嬉しいところどす。

 入館は9時から17時まで、年中無休で無料どす。京都丹後鉄道の与謝野駅からタクシーで約10分、山陰近畿自動車道の与謝天橋立ICからは車で約10分と、丹後をめぐる道中にふらりと立ち寄りやすい場所にありますえ。

📍行っ得メモ

・丹後ちりめん歴史館(与謝野町字岩屋317)は9:00〜17:00、年中無休、入館無料どす
・のこぎり屋根の元織物工場に、約400種のシルク製品と貴重な「八丁撚糸機」が並びますんえ
・与謝野駅からタクシーで約10分、与謝天橋立ICから車で約10分どす

 ちりめん街道で町並みを眺めたあと、こうして織物そのものの歴史をたずねてみると、あの美しい町並みを支えてきたんが、こういう工場での地道な糸仕事やったんやと、あらためて腑に落ちましたんえ。300年続く技いうんは、ほんまに重みがありますわ。

 のこぎり屋根の下で感じた静かな時の重なりを思い出しながら、家に帰って純米大吟醸YUTAKAをぬる燗でいただきますと、これがまた滋味深うて。ぐい呑みを傾けるたび、丹後の職人はんが糸に撚りをかけてきた根気強さと、お米をじっくり醸す酒蔵の仕事が、どこか重なって感じられましたんや。

ほな、また次回のお楽しみに。

これからもどうぞよろしくお願いします。

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FAQ
Q. 丹後ちりめん歴史館ってどんな施設どすか
A. 明治30年代に建てられたのこぎり屋根の元織物工場を活かした資料館どす。約400種のシルク製品や、実際に使われとった織機・撚糸機、丹後ちりめん独特のシボを生む貴重な八丁撚糸機を間近に見られますんえ。白生地やちりめん小物の販売、手織りコースター作り体験もできますえ。

Q. 営業時間や入館料を教えてほしいんやけど
A. 9時から17時まで、年中無休で開いとりますんえ。入館は無料どす。京都丹後鉄道の与謝野駅からタクシーで約10分、山陰近畿自動車道の与謝天橋立ICから車で約10分の与謝野町字岩屋にありますよって、ふらりと寄りやすい場所どす。

Q. 丹後ちりめんはいつから作られとるんどす
A. 享保5年(1720年)頃、峰山の絹屋佐平治(後の森田治郎兵衛)が西陣で技を学び、丹後に持ち帰ったんが始まりと伝わっとります。峰山藩の後押しもあって丹後全域に広まり、300年余り続く一大産地になったんどす。

Q. 昔の建物がそのまま残っとるんは本当どすか
A. 本当どす。明治期に丹後で最初期の織物工場として建てられ、昭和2年の丹後大震災で被災しましたが、昭和10年に再建されたんが今の建物どす。のこぎり型の三角屋根に、昭和初期の面影がそのまま残っとりますんえ。

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