海の京都物語 第314話 光秀はんと秀満はんの禁制文書残る天寧寺どす、八方にらみの龍が見守る大呂の古刹を訪ねてみましたんえ|日本酒YUTAKA(豊)
海の京都物語、第314話どす。福知山市編もずいぶん続いて参りましたが、光秀はんのお城や御霊神社、治水記念館と、戦国の記憶をたんねんに辿ってきたこの連載どす。今日はちょっと目先を変えて、市の北のはずれ、大呂の里にひっそり佇む禅寺をお訪ねしてみようと思いますんえ。
その名は天寧寺、紫金山と号する臨済宗妙心寺派のお寺どす。福知山城からは少し離れた静かな段丘の上、観光客の姿もまばらなこの古刹には、実は国の重要文化財まで眠ってるんどすえ。
🏯 愚中周及はんが開かはった禅の道場
記録によりますと天寧寺の草創そのものはようわからんのどすが、中興開山は夢窓疎石はんの弟子・愚中周及はんどす。美濃国生まれの愚中はんは中国へ渡って即休契了はんの法を継がはり、帰国後の貞治4年(1365年)、この天寧寺に入寺しはったと伝わってますんえ。
当時の檀那(パトロン)は、この地の地頭やった那珂宗泰はん、法名を宗吽と言わはります。那珂氏はもともと常陸国から佐々岐庄下山保、つまり金山郷へ移り住まはった一族で、康安2年(1362年)の所領寄進状からも、天寧寺を手厚う守ってきはったことがようわかるんどすえ。
🐉 即休はんの頂相と、睨み返す龍の天井画
天寧寺にはなんと、愚中はんの師にあたる即休契了はんの頂相(肖像画)と、李竜眠筆と伝わる十六羅漢像が今も伝わっとって、これらは国の重要文化財に指定されてますんえ。小さな里の禅寺に国宝級の宝もんが眠っとるやなんて、ほんま驚きどすなあ。
残念ながら本堂など多くの建物は安永6年(1777年)と昭和36年(1961年)の二度の大火で失われてしもたんどすが、寛政5年(1793年)建立の開山堂と寛政6年(1794年)建立の薬師堂だけは焼け残り、どちらも京都府指定文化財として今に伝わってますえ。薬師堂の天井には江戸期の絵師・原在中はんが描かはった龍の絵がどーんと広がっとって、「八方にらみの龍」いうて、どこから見上げても睨み返してくるように見えるんやそうどす。
🖌 雪舟はんの流れを汲む西湖図
天寧寺にはもう一つ、室町時代の画僧・如寄はんが描かはった「紙本墨画西湖図」いう水墨画も伝わってますんえ。中国・杭州の名勝を描いたこの一幅は京都府指定文化財で、雪舟はんの流れを汲む山水図としても貴重なんやそうどす。今は京都国立博物館に寄託されてるそうやけど、丹波の小さなお寺からそないな名品が世に出てたんやと思うと、感慨深いもんがありますなあ。
⚔️ 光秀はんも守らはった、禁制のお寺
福知山城の歴史を伝える資料によりますと、天寧寺は市の北部に残る古刹のひとつで、明智光秀はんとその娘婿・秀満はんが出さはった、竹木の伐採などを禁じる「禁制」の文書も伝わっとるんやそうどす。天正の昔、丹波を治めはった光秀はんが城下から離れたこの山寺の木々まで守ったろ思わはった、その心遣いがなんや嬉しいて、思わず足を止めてしまいますんえ。
📍行っ得メモ
・所在地は京都府福知山市字大呂、大呂集落の北西、段丘の上にひっそり佇むお寺どす
・開山堂と薬師堂は京都府指定文化財、即休契了はんの頂相と十六羅漢像は国の重要文化財どす
・内部拝観や詳しい見学方法は、福知山市産業観光課(0773-24-7076)や福知山観光協会(0773-22-2228)へ事前にご確認どすえ
・静かな里のお寺どすさかい、地域の方のご迷惑にならんようマナーを守ってお参りしておくれやす
福知山いうたら光秀はんのお城や御霊神社がどうしても目立ちますけど、こないに静かな里の禅寺にも国の宝もんや戦国の記憶がちゃあんと息づいとりました。派手さはのうても、七百年近う守り継がれてきた祈りの場に手ぇ合わせると、なんや背筋がしゃんとするような気ぃがしましたんえ。
帰り道、大呂の静けさを胸に抱いたまま、ひんやり冷やしたYUTAKAをきりっとしたガラスの盃でいただきましたんどす。八方にらみの龍に見守られたような、背筋の伸びる澄んだ味わいが禅寺の凛とした空気によう似合うて、七百年の時を超えて守られてきたもんのありがたさを、杯の向こうにそっと重ねてしまいましたえ。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 天寧寺はどこにあるお寺どすか?
A. 福知山市字大呂にある臨済宗妙心寺派のお寺どす。大呂集落の北西、静かな段丘の上にひっそり佇んではって、福知山城からは少し離れた市の北部にございます。詳しいアクセスは福知山市産業観光課や福知山観光協会へご確認どすえ。
Q. 天寧寺の見どころは何どすか?
A. 国の重要文化財に指定された即休契了はんの頂相と十六羅漢像、京都府指定文化財の開山堂と薬師堂が見どころどす。薬師堂の天井には原在中はん筆の龍の絵「八方にらみの龍」があって、どこから見ても睨み返してくるように見えるんどすえ。
Q. 明智光秀との関わりはありますか?
A. はい、天寧寺には明智光秀はんとその娘婿・秀満はんが出さはった、竹木の伐採などを禁じる禁制の文書が伝わってますんどす。丹波を治めはった光秀はんが、城下から離れたこの山寺の木々まで守ろうとしはった心遣いがうかがえる貴重な史料どすえ。
Q. 天寧寺とYUTAKAの楽しみ方は?
A. 大呂の静けさを胸に、冷やしたYUTAKAをガラスの盃でどうぞ。八方にらみの龍に見守られたような、背筋の伸びる澄んだ味わいが、七百年近う守られてきた禅寺の凛とした空気によう似合いますんどすえ。
京都 丹後