海の京都物語 第356話 汽笛が繋いだ港町宮津、宮津線百年の歩みと丹後ちりめんを運んだ鉄路のものがたりやったんどすえ|日本酒YUTAKA(豊)
海の京都物語、第356話をお届けするんえ。これまで太鼓門や湯らゆら温泉、丹後由良など、宮津城下から海辺まで、宮津市のあちこちを一緒に巡ってきました。今回はちょっと視点を変えて、港町・宮津が「近代」という時代をどう迎えたんか、その足音に耳を澄ませてみよう思います。
天橋立の絶景ばかりが語られがちな宮津どすけど、実はこの町、大正時代に鉄道が通ったことで、物流も人の暮らしも大きく変わった歴史があるんどす。丹後ちりめんを積んだ荷車が行き交っていた港町に、初めて汽笛の音が響いた日のことを、今日はゆっくり辿っていこう思います。
🚂 大正十三年、港町に汽笛が響いた日
宮津線の始まりは大正13年(1924年)、舞鶴(現・西舞鶴)〜宮津間が開業したことに遡るんどす。翌大正14年(1925年)には宮津〜峰山間、大正15年(1926年)には峰山〜網野間が開業し、昭和7年(1932年)の丹後木津〜久美浜間開業で、舞鶴〜豊岡間がようやく全通したんえ。
それまで丹後ちりめんや海産物は、北前船をはじめとする船運が頼りの港町どしたが、鉄路が通ったことで、内陸の峰山や網野ともしっかり結ばれるようになったんどす。宮津駅のホームに初めて汽笛が響いた日、町の人らはどんな顔して列車を見送らはったんやろうなあと、つい想像してしまいますんえ。
🚉 廃線の危機を、沿線の声が乗り越えた
昭和55年(1980年)に施行された国鉄再建法により、宮津線は利用の少ない地方交通線として廃止の対象に挙げられてしまったんどす。せっかく港町と内陸をつないだ鉄路が消えてしまうかもしれん、その話を聞いた沿線の人らは黙ってはいられまへんでした。
住民の強い要望が実を結び、平成2年(1990年)、宮津線は第三セクターの北近畿タンゴ鉄道として転換開業したんどす。その後、平成27年(2015年)からは京都丹後鉄道の宮舞線・宮豊線として、今も港町宮津と丹後の町々を結び続けてはりますえ。
🎉 開業百年、町をあげての記念事業
令和6年度(2024年度)、宮津線は開業から百年という大きな節目を迎え、沿線自治体などでつくる「宮津線100周年記念事業実行委員会」が、さまざまな記念事業を進めてきたんどす。令和6年(2024年)4月には駅をめぐるイベント「ぐるっと探検宮舞線」が開かれ、同年10月には宮津駅で「宮津ターミナルセンターリニューアル記念イベント」も行われたんえ。
100周年を記念したロゴマークも、広く公募によって作られたそうどす。港町宮津の玄関口である宮津駅が、こうして百年の節目に町の話題の中心になってるんは、鉄路を守り続けてきた人らの積み重ねがあってこそやなあと、しみじみ思いますんえ。
🚃 「みやづ号」に揺られて、百年の車窓へ
令和7年(2025年)2月からは、かつて国鉄時代に走っていた急行「丹後」を再現した車両「みやづ号」が、西舞鶴〜豊岡間で運行されるようになったんどす。100周年を記念して登場したこの列車に揺られたら、昭和の頃の港町の賑わいにも思いを馳せられそうどすなあ。
車窓からは阿蘇海や与謝の海が見え隠れし、かつて丹後ちりめんを積んだ荷が運ばれた道のりを、今は観光客を乗せた列車がのんびりと走ってるんどす。港町の時代が移り変わっても、海と鉄路が町を支えてる姿は、今も昔も変わらへんのやなあと感じますんえ。
📍行っ得メモ
・宮津駅は京都丹後鉄道 宮舞線・宮豊線の中心駅で、WILLER TRAINSが運行しとります
・宮津線は大正13年(1924年)開業、令和6年度(2024年度)に百周年を迎えました
・「みやづ号」は令和7年(2025年)2月から西舞鶴〜豊岡間で運行中の記念列車どす
・運行ダイヤやイベント情報は京都丹後鉄道・京都府公式サイトで最新情報を確認してや
港町宮津の百年を振り返ってみると、鉄路いうんは単なる移動手段やのうて、町の暮らしそのものを運んできた存在なんやなあと、しみじみ感じ入りますんえ。廃線の危機を乗り越えて、今も汽笛を響かせ続けてるその姿に、港町の底力を見る思いがしますんどす。
そんな宮津線の歴史に思いを馳せながら、今宵は純米大吟醸YUTAKAをぬる燗でいただくことにしましょう。ぐい呑みに注いだひと口は、米の旨みがふわりと広がって、まるで百年の間、港町を行き交った人や荷の温もりを運んできたみたいどす。汽笛の余韻とともに、ゆっくり味わう一献がたまらしまへんなあ。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 宮津線はいつ開業したんどすか?
A. 宮津線は大正13年(1924年)、舞鶴(現・西舞鶴)〜宮津間の開業から始まったんどす。その後も延伸を重ねて、昭和7年(1932年)には丹後木津〜久美浜間が開業し、舞鶴〜豊岡間が全通したんえ。港町宮津にとっては、物流と人の流れを大きく変える出来事やったんどす。
Q. 廃線の危機があったんどすか?
A. はい。国鉄再建法により廃止対象路線とされましたが、沿線住民の強い要望を受けて、平成2年(1990年)に第三セクター・北近畿タンゴ鉄道の宮津線として転換開業したんどす。地域の足を守ろうとする住民の思いが、今の鉄路を支えてるんえ。
Q. 今は何という鉄道が走ってるんどすか?
A. 平成27年(2015年)からは京都丹後鉄道の宮舞線・宮豊線として運行されてるんどす。令和6年度(2024年度)には宮津線開業百周年を迎え、沿線自治体などでつくる実行委員会が記念事業を進めてはりますえ。
Q. みやづ号ってどんな列車どすか?
A. 令和7年(2025年)2月から、西舞鶴〜豊岡間で運行が始まった観光列車どす。かつて国鉄時代に走っていた急行「丹後」を再現した車両で、宮津線百周年を記念して登場したんえ。港町の車窓風景を楽しみながら、鉄路の歴史に思いを馳せられますんどす。
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