海の京都物語 第359話 スペインかぜで亡くなった工場の四十二人を悼み鎌倉大仏にならい建てやはった丹後大仏、本坂で見守ってくれてはるんどすえ|日本酒YUTAKA(豊)
海の京都物語も第359話を数え、伊根町では舟屋群をはじめ浦嶋神社の徐福伝説や向井酒造の伊根満開、冬の寒ブリと定置網漁など、海辺の町のいろんな表情をご紹介してきたんどす。
今回は海から少し山側に入った筒川の里、本坂の集落にひっそり立つ「丹後大仏」を訪ねますえ。大正の世に、ある製糸工場で起きた悲しい出来事と、村の人らの祈りが今に伝わる仏さまのお話どす。
🏭 大正の筒川製糸工場と、ある悲劇
筒川には明治34年(1901年)、筒川製糸という製糸工場が建っとりました。大正8年(1919年)1月、工場で働く116人が東京見物に出かけはったんどすが、その帰り道で次々と体調を崩さはって、流行性感冒、いわゆるスペインかぜによって42人もの方が亡くなってしまわはったそうどす。
今の感染症とは比べもんにならん時代、わずか数年のうちに世界中で何千万人もの命を奪うたスペインかぜどすけど、こないな小さな山里の工場にも、その悲しい爪痕が残っとったんやなあと、胸が詰まりますんえ。
🗿 鎌倉大仏にならった慰霊の仏さま
工場長やった品川萬右衛門さんは、亡くなった42人を弔うために仏像を祀ることを思い立ち、京都の仏師に製作を依頼しはったそうどす。鎌倉の大仏さんを模したいう初代の大仏は青銅製で、大正8年(1919年)4月7日に日出港に到着し、翌8日には開眼入魂式が執り行われたと伝わっとります。
高さ8尺5寸(約2.5メートル)、座幅6尺5寸(約2メートル)、青銅の灯籠や大火鉢、狛犬まで揃えた堂々たるお姿やったそうどすえ。小さな山里に、そないに立派な大仏さんが据えられたいうんは、村の人らの祈りの深さを物語っとりますなあ。
⚔️ 戦争で消え、村の手で蘇った石仏
せっかく祀られた大仏さんどすが、昭和19年(1944年)、戦時中の金属供出令によって国に差し出されることになってしまわはったんどす。それでも村の人らは諦めず、同じ年に「大仏奉賛会」を結成して、今度は石造りで大仏さんを建て直すことを決めはったそうどす。
翌昭和20年(1945年)に石仏が完成し、今の場所に運ばれました。4月8日には再び開眼入魂式と花祭の供養が営まれたと伝わっとります。戦の最中、資材も乏しかったやろうに、それでも祈りを絶やさんかった村の心意気を感じますえ。
🧵 丹後ちりめん回廊の一員として
平成29年(2017年)4月、丹後大仏は文化庁の日本遺産「丹後ちりめん回廊」を構成する文化財の一つに認定されました。丹後ちりめんの歴史を物語る数ある史跡のなかで、この大仏さんは「製糸工場で働いた人らの命」を今に伝える、ちょっと異色の存在どすなあ。
本坂の静かな里道をゆくと、ふいに現れる大きな石仏さん。手を合わせると、大正の昔、見知らぬ土地で命を落とさはった若い工員さんらの無念と、それを弔おうとした村の人らの温かい心が、じんわり伝わってくるような気がしますえ。
📍行っ得メモ
・丹後大仏/〒626-0432 京都府与謝郡伊根町本坂どす
・京都縦貫自動車道・宮津与謝道路「与謝天橋立」ICから国道178号・府道57号などを経由して車で約60分どす
・専用駐車場はあらしまへんので、訪ねる際は周辺の交通に気ぃつけておくれやす
・営業時間や詳しい見学方法は、伊根町観光協会(0772-32-0277)に事前確認してもらうのがおすすめどす
海の恵みばかりに目が向きがちな伊根町どすけど、少し山に入った筒川の里にも、こないに深い祈りの物語が刻まれとったんどすなあ。大正から昭和、戦争をくぐり抜けて今も立ち続ける丹後大仏は、無病息災を願う人らの心のよりどころとして、静かに里を見守り続けとります。
丹後大仏に手を合わせたあと、わたしは純米大吟醸YUTAKAを常温でお猪口に注いで、静かに盃を傾けてみましたえ。穏やかに広がる米の旨みをいただきながら、今を生きられる有り難さと、遠い昔の人らへの祈りを重ねる、しみじみとしたひとときになりましたんや。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 丹後大仏とはどんな仏さまどすか?
A. 丹後大仏は、京都府与謝郡伊根町本坂にある丈六の石造阿弥陀如来像どす。別名「筒川大仏」とも呼ばれ、大正時代に筒川製糸の従業員だった42人の霊を慰めるために建てられた仏さまと伝わっとります。初代は鎌倉大仏を模した青銅製やったそうどすえ。
Q. 丹後大仏が建てられたきっかけは何どすか?
A. 大正8年(1919年)1月、筒川製糸の従業員116人が東京見物に出かけはったんどすが、帰路に体調を崩す人が相次ぎ、流行性感冒(スペインかぜ)によって42人が亡くなってしまわはったそうどす。工場長の品川萬右衛門さんが慰霊のために仏像を祀ることを発案し、建立されたと伝わっとります。
Q. 丹後大仏は建立当時のままどすか?
A. いいえ、現在の大仏さんは二代目どす。初代の青銅製大仏は昭和19年(1944年)、戦時中の金属供出令で国に差し出されてしまわはりました。同じ年に村の人らが「大仏奉賛会」を結成して石造りで建て直し、昭和20年(1945年)に今の場所で完成したと伝わっとりますえ。
Q. 丹後大仏へはどうやって行けばええどすか?
A. 住所は京都府与謝郡伊根町本坂どす。京都縦貫自動車道・宮津与謝道路の「与謝天橋立」ICから国道178号・府道57号などを経由して、車で約60分ほどかかります。専用駐車場はあらしまへんので、詳しい見学方法などは伊根町観光協会(0772-32-0277)に事前に確認してもらうのがおすすめどす。
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