海の京都物語 第374話 福知山・下柳町の京街道に佇む旧片岡家住宅、元銀行頭取はんの別邸がいまに伝える町家建築の粋どすえ|日本酒YUTAKA(豊)
「海の京都物語」も、気づけばもう三百七十回を超えて続けてまいりました。福知山城下のあちこちを巡ってきたこのシリーズどすが、今回は由良川のほとり、京街道沿いにひっそり残る商家の屋敷へご案内しますえ。
福知山の城下町を南北に貫く京街道(丹後街道)は、かつて京口橋のたもとから料亭や旅館、呉服屋なんかの商家が軒を連ねる賑やかな通りやったそうどす。その面影を今に伝えるんが、下柳町に建つ「旧片岡家住宅」どすわ。主屋に土蔵、離座敷、そして高い塀まで、六棟もの建物が2021年(令和3年)に国の登録有形文化財になったんどす。
🏮明治元年に建った主屋、増築の跡が語る商家の歩み
主屋が建てられたんは明治元年(1868年)、ちょうど時代が大きく動いた年どす。一列三間取りの小さな建物やったんが、明治二十二年(1889年)に北側へ増築されて二列六間取りとなり、木造二階建て、桁行五間半・梁間六間半の堂々とした商家建築に育っていったんどすえ。
つし二階に並ぶ窓にも、格子窓と虫籠窓の両方が見られて、意匠がちゃうんどす。これは増築を重ねた証やそうで、一軒の商家がどないして大きなって行ったか、壁や窓がそのまま物語ってくれてますんや。由良川の堤防の西側、京街道に東面して建つ姿は、今も通りを歩く人の目を引きますわ。
🏯銀行の頭取はんをもてなした、大正の書院造離座敷
大正四年(1915年)には、主屋の北側に二階建ての離座敷が建てられました。この屋敷の持ち主は、のちに京都銀行の頭取を務めはった故・片岡久兵衛氏どす。一階に二室、二階に三室を東西に並べた本格的な書院造で、地元の財界人をもてなすために造られたと伝わってますんや。
南側は広縁を介して庭を望む造りで、式台玄関を構えた総二階建ての佇まいは、城下町の商家としては破格の格式どす。由良川の流れを間近に感じながら、京の都から丹後へ続く街道を行き交う人々を眺めて、どんな商談やら宴やらが交わされたんやろか思うと、胸が高鳴りますなあ。
🧱地蔵堂を抱いた高塀、通りを仕切る大正の意匠
離座敷の前庭と京街道を仕切る「高塀」も、同じ大正四年に建てられたもんどす。延長十一間(約14.5m)、高さ約三メートルの白漆喰塗りの塀で、腰の部分には板が張られ、屋根は桟瓦葺きどす。中央には引違格子戸の出入口があって、桟瓦葺きの庇が架かってますんや。
なんというても見どころは、北端の間に埋め込まれた地蔵堂どす。通りを行く人がふと手を合わせる、そんな小さな祈りの場が、商家の高塀にちゃんと組み込まれてるんどすな。昭和前期の1934年には数寄屋風の平屋離座敷も加わって、時代ごとの意匠が一つの屋敷にぎゅっと重なってますんやで。
🚶かつて料亭や旅館が並んだ、京街道の町並み
福知山市の「まちあるきマップ」によると、下柳町あたりの京街道(丹後街道)沿いは、かつて料亭や旅館、呉服屋なんかの商家や町家が軒を連ねる賑やかなまちなみやったそうどす。城下町に点在する明治・大正・昭和のレトロな建物を巡る「城下町まちなみ探訪」コースの一地点にもなってますんやで。
今は静かな通りどすが、片岡家住宅の前に立つと、京都と丹後を結んだ街道の賑わいがふっと蘇るような気がしますんや。由良川の川風に吹かれながら、明治・大正・昭和と積み重なった町家建築を眺める、そんなひとときをぜひ味おうてみとくれやす。
📍行っ得メモ
・旧片岡家住宅(主屋・二階建離座敷・平屋離座敷・西土蔵・南土蔵・高塀の六棟)は福知山市字下柳15ほか、京街道沿いに所在
・2021年6月24日、国の登録有形文化財(建造物)に登録
・元京都銀行頭取・故片岡久兵衛氏の別邸として知られる建物
・現在も住宅として使われており内部は非公開(要確認)。京街道側から高塀や外観を見学できます
・福知山市「ふくちやままちあるきマップ(城下町まちなみ探訪編)」の一地点として、福知山城下の町歩きコースに含まれます
時代の生き証人のような片岡家住宅を前にすると、商いも暮らしも、こうして丁寧に積み重ねていくもんなんやなあとしみじみ思わされますわ。
そないな書院造の座敷で交わされたんやろう旨い酒の席を想像しながら、今宵は純米大吟醸YUTAKAを冷や、ガラスの盃でいただくのはどないどす。すっと喉を通る涼やかな口当たりに、ふくよかな吟醸香がふわり広がって、京街道を行き交うた商人はんたちの粋な宴を、静かに偲ばせてくれますんやで。
ほな、また次回のお楽しみに。
これからもどうぞよろしくお願いします。
FAQ
Q. 旧片岡家住宅ってどんな建物どすか?
A. 福知山市下柳町、京街道沿いに建つ商家建築どす。主屋・二階建離座敷・平屋離座敷・西土蔵・南土蔵・高塀の六棟からなり、元京都銀行の頭取やった故・片岡久兵衛氏の別邸として知られてますんや。2021年6月24日に国の登録有形文化財(建造物)に登録されました。
Q. なんで登録有形文化財になったんどすか?
A. 主屋は明治元年建築で明治二十二年に増築、離座敷と高塀は大正四年、平屋離座敷は昭和前期と、明治から昭和にかけて段階的に増築された様子がよう残ってるからどす。つし二階の窓の意匠の違いなど、商家の発展の歩みをそのまま伝える建物として評価されてますんやで。
Q. 中を見学することはできますんか?
A. 現在も住宅として使われており、内部の一般公開は行われてしまへん(要確認)。ただし高塀は京街道に面して建ってますさかい、通りを歩きながら白漆喰の塀や北端に埋め込まれた地蔵堂、京街道沿いの町家の佇まいを外から眺めることはできますんや。
Q. 散策の後にはどう過ごすとええどすか?
A. 福知山市の「まちあるきマップ」で福知山城なんかとあわせて京街道沿いを歩いたあとは、宿やお家でゆっくり純米大吟醸YUTAKAを傾けるんがおすすめどす。商家のもてなしに思いを馳せながら味おう一杯は、また格別どすえ。
京都 丹後